第二話 占有者の性格は?
占有者というジャンルで一括しても、それは人によって千差万別。人間の性格とはひとつに括(くく)りつけることは出来ないのが、世の常というものです。
だけれども、ワタシが今まで行ってきた占有者退去業務を鑑みるに、その多くの占有者、特に元々の物件の所有者(兼債務者)の場合、見出される共通項があるように思えます。
ここでは、所有者兼債務者の占有者を主に取り上げ、その性格を分析していこうと思います。
まず第一に、
カネに関して、よく言えば大らか。悪く言えばルーズ。
カネを計画的に使えない。
例えば自宅を銀行ローンを組み取得する際、自分の返し得る適正な金額を超えた資金計画を立ててしまうとか。
もしくは自分の分不相応にカネをザブザブ使い、その原資を借金に頼ってしまう、とか。
多かれ少なかれ、カネに関してルーズというのは、ほとんどの所有者兼債務者に共通する事柄だと思います。
またそのカネについてのルーズさは、部屋の中を整理整頓出来ないとか、身の回りのだらしなさにも繋がっているのかもしれません。
次に、
人の言いなりになりやすい。だまされやすい。
自宅購入の資金計画も不動産屋にお任せで、自分には厳しいかなと思えるような返済も、
まさしくその場のノリで了解してしまう。
もしくは簡単に他人の連帯保証人になってしまうとか。
結局、債務を返済出来ない状態となり、又は債務を肩代わりせざるを得ない立場に追い込まれる、といった結末を迎えるのは、こういった人の言いなりになりやすい人だったりします。
最後に、
自分の責任を感じない。当事者意識に欠けている
他人に甘い人は、往々にして自分に甘い人が多いです。
占有者(所有者兼債務者)にはその傾向が非常に強く見受けられます。
当然のことながら、責任の所在というのは、詰まるところ自分にあります。
何をやるにせよ、資本主義の中の拘束された自由の中で、自己責任を負います。
従って銀行ローンを返済しきれなかった、又は、連帯保証人の債務を請求されるといった結果は結果として、受け入れなければなりません。
それが自己責任というものです。
だが、それを認めることが出来ない。
あくまでも自分は被害者である、当事者ではない、という意識が非常に顕著に見られます。
だからこそ、自分が家を明け渡さなければならないことも、他人事のように捉えるのでしょう。
自宅を引き払わなければならないのなら、最低でも、立退き料を寄越せ、という占有者が多いのも、当事者意識が欠けていることが起因していると思われます。
余談ですが。
だからといってワタシは全部が全部、債務者に責任があるとは思いません。
当然のことながら貸主である金融機関等の債権者にも、少なからずの責任があります。
いわゆる貸し手責任というヤツです。
だが日本の経済制度は貸し手責任を追求しない。
常に借り手にのみ、責任を押し付ける、特に大規模な金融機関を優遇する、といった、非常に間違った経済政策を採用しています。
大企業・大銀行には公的資金の導入という、税金の大盤振る舞いを行い、中小零細企業には、貸し渋りや貸し剥がしで、金利を払ってカネを借りることすらままならない。
カネを貸すにしても、カネがあるところにしか融資しない。
また貸す方を優遇するが如く、連帯保証人という、先進国として恥ずべき、ワケの分からない制度を、日本は国を挙げて採用し続けています。
これが経済の正しい、あるべき姿なのでしょうか。
(2003.08.03)

