不動産競売必勝攻略法 追い出す人と追い出される人。
不動産競売の真実の姿とは――?
絶対に競売に関わらない人生を送る。
――あなたはそう断言できますか?

 




対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

堂々完結!


物件: 3LDK(広さ:80u程度)

場所: 東京都港区某町

家賃: 6万円/月? 敷金500万円? 更新期間の期限の定め無し?

占有者: 本件所有者より口頭での賃貸借?

占有認定: 占有者の占有権原は使用借権である


 

 

2003.09.17 水曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第一話− はじまりの話し。




人生には−、いいときもあれば悪いときもある。



明るく笑っていたいときもあれば、

独りで泣いていたいときもある。

喜びも楽しみも怒りも悲しみも苦しみも…、

様々な想いが複雑に何層にも積み重ねあって、

ひとつの人生が形成される。

誰のどんな人生であっても、その人その人の想いが込められ、

そしてそこにはドラマがある。



それが人生ってヤツよ−。



・・・・・・。



九月ももう半ば。

すっかり秋めいてきましたね、と言いつつも、

まだまだ暑いじゃねーか、このヤロウ!!

…などと、意味もなく暴力的な発言を繰り広げ、

無理矢理な感じでワイルドさを醸(かも)し出そうとし、

見事大失敗なワタシこと追い出し屋Gが、

誰にも呼ばれてもいないのに、ここに見参!!みたいな。

何が何だかどうでもいい、前フリにもなってない、

前フリをかましつつ…。



今回は、ワタシが初めて関わった占有者交渉の話をしよう。



ワタシが始めて関わった、占有者との交渉は、

「占有者退去交渉」というある意味、特異な仕事を行う上で、

知らなければならない要素がたくさん詰まったケースであった。

それ故に、これは占有者交渉の応用編というべきものであり、

まだ入社して間もない、というか入社後半月も経たない内に、

お前の担当だとばかりに任されたこの案件は、

その当時のワタシにとって、非常に荷の重いものであったことは、

最初から誰にともなく、独りごちておく。

ただ、この案件を最初に扱ったからこそ、

その後の追い出し屋Gがあるのかもしれない−。



それは暑い夏も終わり、残暑厳しい9月のことだった…。



都心にある、その築浅3LDKのマンションを競落したときの、

社内の反応といったら、それはそれは大騒ぎであった。

当時、ウチの会社が競売で落札する物件といったら、

小さく古い物件に、最低売却価格の少し上乗せで入れ、

これで取れたら儲けモノと言わんばかりの入札ばかりであった。

それが入札のすべてである、と言い切ってもいい。

だが、仲介業者から転職してきたワタシが入社したこともあり、

今まで家族経営でやってきた不動産部を更に盛り立てよう、

とでも思ったのか−。

ここは一発デッカイ花火を打ち上げようや、

と言わんばかりに、思い切って、ええい、どうだ!!

と入札したその築浅マンションが、落札したのだ。

社内での騒ぎようは、競売に多少でも関わる人だったら、

ご理解して頂けるだろう。



そう、初落札のときの、あの喜びだ。



ワタシは、まだ入社したての頃である。

実務の「じ」の字も知らない頃。

ただケーバイで落札するのって、こんなに嬉しいんだ、

と純粋な気持ちで思ったあの頃。



ああ、喜びを感じるまま、時間が止まればいいのに。



…だが、喜びも束の間、この後には、

占有者との長く厳しい戦いの日々が待ち受けているとは、

夢にも思わなかった−。



…続く。



<追記>


さあ、始まりました。

対決!占有者・セカンドシーズン。

さあ、どんな感じになるのか。

一体何回続くのか、それは神のみぞ知る、ってな感じで。

 

2003.09.18 木曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二話− 仲介の話し。




だいたい、入社したばかりの人間なんだぞ、俺は!!

ワタシの憤りたるや、紛々(ふんぷん)たるものであった。



ワタシはウチの会社に入社するまでに、仲介で働いていた。

仲介とは何か?

もしかしたら、これを読んでいる人のなかで、

そう思う人がいるかもしれない。

そんなアナタのためにジェントリーなワタシがご説明すると…、



仲介ってのは、簡単に言えば、不動産の営業のことだ。



右へ行っては、売主様の「オマエんところに任してやってるのに、

何で売れないんだ、このヤロー!」という有難い言葉に、

「オマエの腐れ家なんぞ、売れるかボケ!」

と言いたいところをグッと堪えて、

「ここは頑張って、価格を下げましょう!!」

などと笑顔で値こなし。

左へ行っては、買主様の「えーと、渋谷から歩いていけるところで、

四駆の入る4LDKの戸建。予算3000万で探して」

という有難い言葉に、

「オマエはひとりで何時代に生きてるんだ!?江戸時代か?単位は両か?

3000万で駐車スペースのついたマトモな家が買えるんだったら、

俺が買うわ、ボケ!!」

と言いたいところをグッと堪えて、

「それでしたら、八王子行きますか?都内で30坪ついて予算内ですよ。

そうでなかったら、都内でマンション探しましょうよ!」

などと笑顔で軌道修正。

顔で笑って心で泣いて、売主様と買主様のご機嫌を伺いつつ、

騙し騙しの営業で売る方買う方、橋渡しの役目を果たす。

−それが不動産仲介営業の生き様ってヤツよぉ。



ちなみに以前の職場で付き合いのあった売主業者のひとつが、

ワタシが入社した競売業者だ、という繋がりがあって、

何の因果か知らない間に転職、と相成った。

それがよかったのか、悪かったのか−。

ワタシはワリと運命論者なところがあるので、

それは成るように成る、というところか。



とにもかくにも−。

当時のワタシは、この世の憤りを一身に背負う様な感覚を味わった。

その憤りの理由となったのは、こんな経緯からだ…。



…続く。

 

2003.09.22 月曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三話− 憤(いきどお)りの話し。




ワタシは憤っていた。

その理由は−。



入社して間もなく落札できたその築浅マンション。

今までとは系統がいい意味で違ったマンションを落札できた、

という喜びも落ち着き、そういや落としただけでは商売にならない、

なんて当たり前のことを社長以下の社員が思い立った落札の次の日、

社長からこう言われたのだ。



社長
「追い出し屋Gくん。この物件、君が担当して」



正直、ハア?といった感じだった。

えー、担当も何も、つい先日入ったばっかりのこのワタシを捕まえて、

担当とか言われてもー。

即戦力たって、確かに不動産仲介はやってたけど、

ケーバイなんてやったことないし。

つーか、入社前に本を読んだっきりだし…。



まあ、そんな四の五言っても仕方が無い。

どんな業界でも一日入ったら、プロになりきらなければならない。

レストランのホール係がお客さんの注文をオーダーし忘れたとしても、

昨日入ったばかりでわからないんですー、

なんて言い訳が通用しないのと、同じことだ。

客からしてみれば、一日だろうが、百年やっていようが、

ホール係はホール係だ。

経験なんぞ関係ない。



そう思ったワタシは参考にするべく一冊の本を片手に、

落札後の占有者交渉を始めることにした。



その本の名は「プロが教える競売不動産の上手な入手法」。



何といっても「プロ」が教えてくれるのだ、

蛇の道は蛇、ってな言葉もあるし、

その道はその道に通じるプロが一番よい方法を知っているはずだ。

プロが言うとおりやってみようじゃないか。



よーし、やったるでえ!!!

人間、何事もポジィティブ・シンキングや!!



テンションが高いときはかなりのテンションを保って、

仕事に臨めるワタシであった。



まずは何すればいいのかなあ、っと。

えーと…(といいつつ、ページをペラペラとめくるワタシ)。

ここに物件明け渡しまでのケーススタディがあるな。

この通り、動いてみようか。

何々…(マーカーで赤線を引っ張るワタシ)。

売却許可決定(裁判所から売却の決定が降りる)一週間は、

執行抗告(簡単に言えば、裁判所に異議を訴えること)の期間で、

執行抗告がないことを祈りつつ、期間の経過を待つ、と。

なるほどねえ。

とりあえず裏を返せば、執行抗告の期間が過ぎるまでは、

神様やら仏様やらアラーの神にお祈りするくらいしかないってことだな。

んじゃあ、お百度参りでもしておくか。



その時のワタシは、まだまだ呑気(のんき)なものであった。



…続く。


<追記>

掲示板にも書いたのですが、今回の裏テーマは「じらし」です。

なかなか本題には入りません。

それが面白いんだか、面白くないんだかは、

読んでる人が判断してください。

あ、でも、マンネリ化になる?

それは、そうかも…。

 

2003.09.23 火曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四話− 続・憤(いきどお)りの話し。




入社間もないワタシを捕まえて、オマエが担当だ、

と任命されてから早一週間。

本にある通り、執行抗告期間が過ぎるのを待っていた。



♪ふんふんふん。

と・り・あ・え・ずっ!

祈っておきましょ、執行抗告でませんよーに♪

でませんよーに♪



なんて鼻歌歌いながら、呑気に構えていたワタシであったが…。

そんな気さくに呑気な父さんぶりを発揮していたワタシに対し、

いきなりカウンターパンチが入ったのである。



それは、爽やかな朝のミーティングでの出来事。



社長
「オマエ、何やってるんだ!?もう一週間も経ってるじゃねーか!」



ワタシの顔を見るなり、我らが社長はワタシを怒鳴りつけた。



一週間経っている。

それは例のワタシが担当を任されていた案件のことだろう。

だが、ワタシは何もしなかったワケではなく…。

いきなりのカウンターにワタシは、それこそ、

冷や水をぶっ掛けられたジジイみたいな想いを禁じ得なかった。



ワタシ
「え、あ、あの…」



戸惑いながら、何とか言葉を発しようとするが、

なかなか上手いこと表現出来ないもどかしさ。

そんなワタシを尻目に、俺が正義だとばかりに、

とめどなく溢れる言葉をぶつける社長。

雇い主の怒りは収まらない。



そして、色々といい続けた挙句−。



社長
「オマエ、やる気あるのか!?」



非常なる怒り、ここに極まれり、と言った感か。

それに対して、ワタシ。



えー!?



俺ってば、この本にある通り、執行抗告の期間が過ぎてから、

占有者と本格的にアタックしようと思ってたのにぃ…。



ワタシ
「え、あのぉ、お言葉を返す様ですが、モノの本によりますと、

執行抗告期間が終わってから…」



ワタシの話しなど聞くに値しない、とばかりに言葉を遮る。



社長
「言い訳はいい!!早く片付けろ!!」



えー!?



そんな激怒されても…。

大体、早く片付けろって言われても、

俺は今までこんな仕事やったことないし、

別にやり方もわからんし…。

だから本を参考にして、問題解決に当たろうとしたのに…。



だが、そんなワタシの気持ちを理解するそぶりなど、

微塵もみせることなく−。



社長
「何、さっきから黙ってるんだ!早く動け!!」



顔を赤く上気させ、雇い主はそう言い放つばかりであった。



この時、ワタシが感じたのはただただ憤りだけであった。

まさしく、そんなこと言われても…の心境。

例えるなら、水に入ったことのない人間に、

100mのプールを泳ぎきれ!と言ってるのと同じことだぞ。

まずは顔に水をつけるところから始めるだろうに。



ただこの場で、そんなことを言ったら、どうなるか。

事態は、そりゃあもう如何なものかといわんばかりに悪化する、

誰がどう考えてもそんな状況になること確実だ。

とりあえず、そのときのワタシの想いを一言で表すのならば、

この言葉に尽きる−。



えー!?



…続く。

 

2003.09.24 水曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第五話− ポジティブ・シンキングの話し。




何故、ワタシが憤っていたか−。



簡単なことだ。

会社に無茶なことを言われた。

ただそれだけのことだ。

ただそれだけのこととは言え、

ワタシにとっては非常に納得のいかないことであり、

もやもやと鬱蒼(うっそう)とした気分は、

晴れることなくワタシの心にまとわり付いていた。

なんか、単純にムカつくわぁ。



だが、しかし、だ。



こんなことを幾ら考えて、悶々(もんもん)としても仕方が無い。

何がどうであれ、この会社の社員である以上、

やれと言われたらやるしかない。

それをやらないとあくまでも拒否するのだったら、

会社を辞めるしか道はない。

でも、何の知恵も知識もスキルもない今の状態で、

はい、理不尽なんで会社辞めます。

不動産売買の営業マンに戻ります、というもの、

ある意味、シャクに触るのも事実だ。

そんな多少の理不尽で会社をすぐ辞めるなんて、

それこそ根性なしくんだろう。

ここは一つ踏ん張り時だ。

頑張るんだ!



空元気かどうかは分からないが、無理矢理やる気を振り絞る。

そんなワタシは霧中で、一筋の光を見出した様な気がした。

それは、ポジティブ・シンキングの光だった。



そうそう、人間悪いこともあればいい事もある。

次にあることはいい事でっしゃろ、旦那はん。

人間、何事も前向きでっせ。

そうそう、世の中、上手いこといかんから、

自分の思った通りいかんから、楽しいんやで。

右も左もわからんと、手探りで探しているからこそ、

人生楽しいって話ですわ。

最初から答えを知っていたら、なーんも楽しくないでっせ。



……。



どうやらワタシの中には物事の見方を左右する、

よく漫画でありがちな天使と悪魔の声が聞こえる代わりに、

ポジティブシンキングを信条とするエセ関西人がいるみたいだ。

時たま、彼はワタシの頭に直接、話し掛ける。

そして調子のいいことばかりを言う。

いいんだか、悪いんだか分からないが、

とりあえず今の今まで自分が生きていく上で、

彼という存在は非常に重要なポジションを占めているのは、

間違いない…。



−なんて書くと、怪電波垂れ流しのアヤシイ人間みたいだな。

まあ、実際もアヤシイんだけどな!!<自分

って、そんなこと偉そうに言って、どーするよ!!

どちらかといえば、怪しい人間より、妖しい人間になりたい、

今日この頃。そして二十七の秋。



もう、話が脱線に脱線を重ね、復旧作業に手間取りまくり。

話を元に戻して−。



何だか先程までと打って変わって、

全面的に鬱蒼とした気分が晴れたとまではいかないが、

今はもう、自分なりに仕事をこなそう、と思い立った。



ようし、早速、担当マンションに巣食う占有者を、

この手で追い出したるで!!

やったるでえええ!!!



妙にテンションが高いワタシであった。



…続く。

 

2003.09.26 金曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第六話− 占有者はいるか?の話し。




ようし、早速、担当マンションに巣食う占有者を、

この手で追い出したるで!!

やったるでえええ!!!



妙にテンションが高いワタシであった。



が…。



ハタと思いついた。

思いついてしまった。

だから、思いついたって言ってるんだよ!!

意味も無く、無駄にブチ切れ。

カルシウム不足が原因。

とりあえず、牛乳のんでおけー。

毎日五リットル。



そんなことはともかくとして。



−ワタシは何を思いついたのか?

それはこんなことだ。



もしかしたら…。

占有者なんて、もういないんじゃないか?



確かにこのマンションの競売入札に参加する前に、

現地調査として現地に赴き、電気メーターやらガスメーター、

ポストの中なんかをチェックした。

その時は、電気メーターはくるくると勢いよく回り、

ガスメーターも止められている気配は全くない。

ポストもちゃんと手紙やチラシが取られていて、

それらがゴミタメの様に溜まっていることはない。

つまりは、占有者がめちゃめちゃ居る気配満載だということ。



だが、しかし、だ。



自分がその立場になったとして考えよう。

もう競売になったことだし、フツーの感覚だったら、

こりゃあ住み続けることは出来ないだろ、って思うよな。

いやはや世間体も悪いだろうし…。

少なくとも、ワタシだったらそう思う。



だから、もう占有者は自ら退去したのではないだろうか?



なんだかその考えが正しいように思える。

というか、それが正しいだろ。

そうだ、もういないんだ。

それだったら、追い出しなんてやらなくていいんじゃん。

そうだ、そうだ!!

占有者など、いるわけないじゃん!!

そうだ、そうだ!!



…などと自分の中で自己完結。

競売の実務を多少積んだ、今となっては、

それが非常に甘過ぎる考えだと思えるが、

その時の自分にとっては、まさしくそれが自然の道理。

人間としての、当然の成り行きだ、と確信していた。



それは幻想であり、そんなものはすぐ壊れるとは知らずに…。



そんなこんなで、自分の都合のいい展開を頭の中で組み立て、

占有者などいないと断定的に思い込んだワタシは、

勢い勇んで社長に注進申し上げた。



ワタシ
「社長!もしかしたらもう占有者はいなんじゃないですかね?」



ワタシの話に社長は静かに一言。



社長
「なんでだ?」



社長の言葉に対し、ワタシは多少躊躇(ちゅうちょ)し、答えた。



ワタシ
「いえ・・・。なんとなく、人としてそうなんじゃないかと−」


社長
「・・・・・・」



上司と部下の間に一瞬の沈黙の時が流れる。

そして−。



社長
「バカ野郎!!オマエはバカか?どこの世界に何も確かめもせず、

いい加減なことを上司に報告するバカがいるんじゃ!!」



社長の怒りは雨あられとなってワタシに襲い掛かった。

怒号の中、覚えきれない位のあらゆる単語が飛び交う。

ワタシはたんまりと説教を食らわせられた。



そして、魅惑の説教ショーは小一時間続き、

やっとのことでそこから解放されたときには、

もう精神的にワタシはズタズタであった…。



ああ、ワタシの考えは甘かったのか…。



…続く。

 

2003.09.28 日曜日



対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第七話− 自己暗示の話し。




ああ、ワタシの考えは甘かったのか…。

ああ、無情。



ワタシは落ち込んでいた。

その落ち込み具合といったら、

それこそ、深度何万マイルもの暗く静かな海底にいるかと同じく。

ワタシは外見からはそう見えないかもしれないが、

割と精神的に脆弱(ぜいじゃく)なのだ。

怒られたり、なにか予期せぬハプニングがあると、

途端に自分の弱さを露呈してしまう。

その弱さはこの商売をやってしばらく経つ今でも、

なくなることは無かった。

それで追い出しなんてやっていけるのか、自分!?

と思うこともしばしばであるが、まあ、実際やっているのだから、

なんともはや仕方が無い。



落ち込むワタシ。

だけれども、ワタシはそのまま落ち込んでいてもいい、

などとそんなことが許される身分ではない。

貰うものが多いのか少ないのかは、また別の問題であるが、

会社から給料を貰っている、ということは事実だからだ。

会社は落ち込んで、黄昏(たそがれ)を気取っているヤツに、

金を払ういわれはない。



何でもいいから、早く、キリキリ働けや!!



別にそんなことを会社からダイレクトに言われてはいないが、

会社内にはそーゆーオーラが充満していることは否めない。



ああ、もう!!

ここは一気にテンションを変えていかんとな!!



ワタシは朝布団から起きるとき、エイ!とばかりに勢いをつけて、

立ち上がるが如く、エイ!という掛け声と共に、コブシを握った。



そして−。

頑張れ、自分!

負けるな、自分!

オマエがやらんで、誰がやるんだ!?

そうだ、そう!

この仕事はオマエにしか、出来んのだ!!



などと自分に自分でエールを送り、更に頑張っていくぞー!

と自己暗示を掛ける。

自己暗示というだけあって、自分で暗示を掛けられるので、

その点、ワケのわからないセミナーに通わなくてもいいところは、

利点なのかもしれない。

ワタシは自己暗示が掛けられなかったら、

多分、得体の知れない自己開発セミナーに通って、

今頃、新宿西口で手相を見せてください、

なんてセリフを言ってたかも…、なんて想像すると、

それはそれでそういう人生も面白いのかな、

と思ったり思わなかったり。



たったそれだけのことだけれども、

少し元気が出てきた様な気がしてきた。



ようし、やったるでええええ!!



テンションの変わり身の早さは、

ワタシの唯一の取り柄なのかもしれないな、と思うと、

それだけしか取り柄がないのか、と少々寂しくなる今日この頃。



…続く。

 

2003.10.01 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第八話− お宅訪問の話し。




自分で自分にマインドコントロール。



一時期、自分で自分を褒めてあげたい、

という言葉がむやみやたらに流行ったが、ま、それと同じ心境か。

人間何事も実行あるのみ!!

やる気を高めて頑張りまっしょい!!



さあ、テンションあがってきたぞー。

やるぞー、やるぞー、やるぞー。

修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ。

シアワセですかー?

シアワセでーーーーーっす!!



って、

オウムの麻原彰晃と法の華三法行の福永法源が混ざってるじゃん。



そんな胡散(うさん)臭い、古臭い宗教ネタも交えつつ、

自分のテンションが上がってきたことを世間様に誇示してみる。



どうだ、この文章力!!

うわっはっはっは!!



……。

ああ、虚しい。



そんな方法でしか、自分のテンションの高さを

アピール出来ないのかと思うと、非常に自分に萎える。

でも−。



そんな自分が好き。

ああ、大好きさ。




大好きなんだー!(絶叫)




ってなんじゃそりゃ。



そんなこんなはともかくとして−。

まずやるべきことは、何は無くとも確認だ。

占有者がいるか、それともいないのか。

その確認をしなければ、次へのステップへ移行できない。

思い立ったが吉日というではないか。

ようし、占有者宅へいくぞ。

これから行っちゃうぞ。

実際にそこに占有者がいるかいないかはわからないけど、

抜き打ちでお宅訪問だ!!



って、お宅訪問と言えば…。



はいっ、宮尾すすむですっ!

ここには、占有者がいるのかもしれないんですねえ。

さあさ、今日はどんな社長さんがいるんでしょーかっ!!

はいっ!(手はあごにつけ、水平に)



「お宅訪問」というキーワードで、普通だったら、

「建もの探訪」渡辺篤志あたりのキャラをチョイスするところが、

宮尾すすむを連想したワタシの頭は、もう末期症状なのだろうか。

うーむ、人生って難しい。



そんな疑問を残しつつ、ワタシはそそくさと占有者宅へと向かった。



−そのマンションは、東京・港区の某テレビ局近くにある。

築年数は割と新しく、小さいながらも小奇麗なマンションであった。

目指す先は、このマンションの最上階、3LDKの部屋だ。

ワタシは門扉を潜り抜け、マンションのエントランスに入った。

しかし、侵入者をガードするが如く−。

目の前にはオートロックのガラス戸が立ちふさがる。

以前は珍しかったオートロックも、最近ではアパートやコーポですら、

それが導入されている。

いわんや、築浅のマンションをや。

高校以来ご無沙汰していた漢文の反語が頭の片隅で、

無駄に再生される。



とりあえず、何には入れないか。

中に入って、電気メーターやらガスメーターやら水道メーターやら

調べて、開栓されてるかどうか調べようと思ったのに。



入札する前の物件調査では、

たまたま中に入る宅急便のオヤジにぴったり付いていき、

難なく入り込むことが出来たが、

今日はしばし待っても、誰も出たり入ったりしない。



しゃーない。

オートロックの呼び鈴鳴らすか。



ワタシはオートロックの脇にちょこんとついている、

数字キーを号室の通りに押し、最後に呼び出しボタンを押した。




ぴんぽ〜ん。




…続く。

 

2003.10.06 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第九話− ピンポンダッシュの話し。




ぴんぽ〜ん。



オートロックに阻まれたワタシは、

コンソールの前で、チャイムの音を聞く。

擦(かす)れた呼び出し音だ。

その音色は何とも機械的で冷たく、寒々しい。



ふと、思った。



本当に。

本当に嫌な音だ。



ワタシは−。

ワタシは呼び出し音が嫌いだ。



それは小学生の、三年だか四年だかのことか−。

その当時、男の子の間で流行ったのが、

いたずら電話とピンポンダッシュであった。



まず、イタズラ電話−、略して「イタ電」は単純なものだ。

無作為に電話を掛けて、相手が出た途端にガチャと切る。

小学生の浅知恵でやることといったら、そんな程度だ。

イタ電の中でももっと応用を効かせた様な、

ピザ屋やそば屋に電話を掛けて、「ピザ10枚大急ぎで!」

とか、「ハアハア、今どんな格好しとるん?うへへへへ」

−などといったことは流石にやらなかった。

もっとも、そんなことを平気な顔してやる、

小学生時分の同級生はいたこともいたが…

ワタシはそこまでやれる、無駄な勇気はなかった。



またイタ電と双璧を成すピンポンダッシュとは、

読んで字の如く、行く先々のチャイムを鳴らし、

そしてダッシュで逃げていく、という遊びのことだ。

ただピンポンを押せばいい、というものでもない。

チャイムをより長く、もしくはより連射した方がエライのだ。

今思うと、何がどうエライのかワケがわからないが、

子供には子供なりの優劣の付け方があるのだろう。

とにかく、ピンポンを押せないヤツは臆病者であり、

押してもすぐ逃げるヤツは軟弱者であり、

高橋名人バリの16連射でチャイムを連打するヤツが、

子供の世界の勇者であったのだ。



そう勇者なのだ。

あの時のワタシは−。



ワタシは−。

勇者になりたかった。



ある日の放課後。

小学校の帰り道のことだ。

登下校を共にしていた友達が言った。

「俺、この前、5軒連続ピンポンダッシュしたんだぜぇ」

彼はさも得意げに、一試合4連続ホームランを打って、

お立ち台でヒーローインタビュウを受ける、

王貞治の様な顔をワタシに見せた。

彼は続ける。

「俺ってすごいだろー?勇気あるだろー?」

その言葉の裏に、オマエみたいな臆病な人間には、

決して真似できないだろ?

という真意をワタシは嗅ぎ付けた。



確かにワタシは臆病者だ。



小学生の頃から、いや、この世に生を受けた時から、

ワタシは臆病者であり、そしてそれは、

大人になった今でも変わらない。

だが、その時分のワタシはどうだったのか。

普段なら、そりゃそうだ、とでも言って会話をサラリと流す、

そんな温厚さを発揮するのだが、

その時のワタシは、いつもと異なっていた。

ワタシはむきになって友の言葉を否定する。

「な、な、なにいってるんだ!」

普段口にしない言葉が出た。

「ぼ、ボクだって。ボクだって、そんなことくらい出来るぞ!」

「へえー、出来るんだあ?」彼は言った。

少し意地悪そうな顔をしていたように思う。

「だったら、やってみなよ!」促す彼。

「え、お、おう!!やるよー!!今、やるよ!!」

言葉の弾みとは恐ろしいものである。

一旦、発した発言は取り消せない。

やらざるを得ないハメに陥る。



ワタシはピンポンダッシュ五連発を始めた。



その結果−。

ピンポンダッシュ実行二軒目で、

たまたま外出しようとしていたその家のオヤジにとっ捕まり−。

そして、シバかれた。



もっともそれは、人に迷惑を掛ける悪い行為であり、

とっ捕まって、シバキ倒されたのはまさに、自業自得、

という言葉がピタリと当てはまることである。

だが小学生の時のトラウマのひとつとなったのは事実だ。

誰が悪いのかといったら、そりゃあオマエだろ、

としか言いようのないことであるが−。

だが、それはワタシが呼び出し音が嫌いになった、

ひとつの理由である。



−ひとつの理由?



ここで疑問が生まれる人がいるかもしれない。

だったら、呼び出し音が嫌いな理由は他にもまだあるのか?



理由は他にもある。

その理由とは大学時代の出来事に起因するものであるが、

その件(くだり)を話出すと長くなるので、

また次の機会にでも−。

って、次にどんな機会があるんだ、というツッコミは無視する。



そんな妄想がワタシの頭の中に広がっていた。


それにしても−。

チャイムを鳴らした後、しばし佇(たたず)んで待ってみるが、

ウンともスンとも何も反応がない。



ワタシはもう一度、コンソールの呼び出しボタンを押した。



ぴんぽ〜ん。



やっぱり−

やっぱり嫌な音だ。



…続く。

 

2003.10.08 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十話− 占有者がいない証拠の話。



ぴんぽ〜ん。



やっぱり−

やっぱり嫌な音だ。



ワタシは再度、待った。

オートロックの厚い壁の前で、しばしの沈黙。



まだかー。

占有者が出てくる気配がない。

ということは…。

ワタシは、希望的観測のみで構成されている、

ドブねずみ色の脳細胞をフル回転させた。



考え中、考え中…。



……。



閃(ひらめ)いた!!

(この間、三十秒)



あたかも、アニメ一休さんがトンチを捻り出すときの、

木魚をポクポクと叩き、最後にチーンと鳴らすあのシーンの如く、

ワタシは何を閃いたのか−。



やっぱ、占有者はいない?



……。

流石(さすが)は、弾けている時は躁(そう)病フルスロットル、

ポジティブ・シンキングなワタシであった。



それにしても、本日は平日。

ただ今の時刻、午後三時。

こんな時間帯だ。

家に誰も帰ってきてなくても当たり前だろう。

大体、みんなが外出している家族の家に、誰かいるか?

いないだろ。

いたら、おかしいだろ。

もし仮にそんな家に誰かいたとしたら−。

そいつは立派な空き巣ヤロウだ。



だが、そんな小学生でも分かる当たり前の論理が、

その時のワタシには分かっていなかった。

それにしても、飛ぶクスリでも注射したのか、

ワタシのテンションは悪い意味でますます高くなってきた。



そうだ、この物件には誰もいなんだ!

そうだ、そうだ!!

ソーダ村の村長さんが−(以下略)。



一年中季節は春。

頭の中はお花畑なワタシは明瞭簡潔に、

独断と偏見のみで自分の都合の良い解釈をした。

もうこの域まで来ると、もはやビョーキと言えよう。

ワタシの妄想は留まることを知らないようだ。



そうと決まれば、話は簡単。

誰もいませんでしたー、と会社に報告するか。

ワタシは携帯電話を胸ポケットから取り出し、

会社の短縮ダイヤルを押そうとした。



あ、でも−。



ダイヤルボタンを押す手を止めた。

そういや、さっき怒られたのは、

ワタシが何の根拠も示すことなく、

占有者はないんじゃないか、と発言したからでなかったか。

それこそ、思いつきで。

ここで「占有者はいなさそうです」なんて、会社に報告したら−。

「じゃあ、証拠は?」「いや、ピンポン押して誰もいなかったもんで」

「……」「いないと思うんですけど」「・・・・・・」

「あれ、ワタシ。変なこといいました?」「・・・・・・」

その後は、怒号、怒号、怒号の雨あられ。

おおっと、危ない、危ない。

危うく自分で自分を陥れるところだったよ。

ワタシは右手で額の汗を拭い、溜め息を一つついた。

何か占有者はいない、もう退去したという証拠を見つけなければ…。



証拠、証拠っと。

あ、よく見たら、そこに管理員室があるじゃん。

<巡回中>と書かれた札がガラス戸に立掛けられているけど。

管理員さんに聞けば、分かるんじゃないか?

でも、今、巡回中か。

マンション内の掃除でもやってるんか?

んー、しょうがいないなあ。

ちょっと待ってみ…、あ、いた。



外から作業服を着た年配の男がエントランスに入ってきた。

胸には管理会社のネームが刺繍(ししゅう)されている。

この人が管理員であることは間違いなかろう。

まさか、管理員マニアということはあるまい。

早速声を掛けて、この管理員さんから、この部屋の住民は、

引越しされましたよ、なんていう言質(げんち)でも取っておくか。



どうやら、この時分になってもワタシは、

占有者がただ外出しているという可能性を微塵も見出していなかった。



…続く。

 

2003.10.12 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十一話− 肌の綺麗な管理員の話。



その管理員は、色白であった。

彼の肌はガラスの様に透き通っていた。

その肌の肌理(きめ)の細かさにしばし見とれていたワタシであったが、

いやいや、幾ら肌が綺麗だっていっても、

何でジーさんにうっとりしてるんだ、俺?

という至極もっともな疑問が沸いた。

それが若い女の子だったらまだ分かるがな。

ワタシは妄想を振り払うかの如く、頭を振った。

そんな妄想を抱くほど、ワタシはテンションの高さを維持することに、

疲れていたのかもしれない…。

とはいえ、仕事でやっている以上、疲れたなんていってるヒマはない。

さあさ、とっとと管理員に占有者について訊かなければ−。

ワタシの脇を通り過ぎようとした、管理員に声を掛けた。



ワタシ
「あのー」



管理員は急に声を掛けられて驚いたのか、少し甲高い声で、はい?

といい、ワタシの方に振り向いた。

彼は今までマンションの裏庭の枝木でも整えていたのか、

手に大きなハサミとバケツを抱えていた。

近くで見ると、彼の肌の肌理(きめ)細かさが益々分かる。

ワタシはまたもや、その肌に見とれそうになったが、

彼の「はい、なんでしょう?」と続く言葉で現実に引き戻された。

そうだ、じーさんに見とれているヒマなどない。

仕事をしなければ−。

ワタシはまず名刺を渡し、自分の立場について説明したあと、

管理員に占有者について訊いた。



ワタシ
「お忙しいところ、すいません。あの、このマンションに以前住んでた、

○○さんなんですけど。もう引っ越されていらっしゃらないですよね?」



ワタシは占有者が引越しをしてもういない、ということを前提に、

管理員に質問をした。

それに対する管理員の答えは、その時のワタシにとっては、

非常に意外なものであったが、ある意味当然と言えよう。



肌の綺麗な管理員
「いえ、住んでらっしゃいますよ」


ワタシ
「え、あ、あの。まだいるんですか?」


肌の綺麗な管理員
「まだいるもなにも、皆さん、いらっしゃいますよ」


ワタシ
「えっ?皆さん、いらっしゃる…?」



裁判所が作成した資料、「現況調査報告書」に記載されていた、

占有者についての陳述と所見について思い出す。

それには確か、自分が住んでいます、とだけ書いてあったが、

ひとりで住んでいるワケでなく、家族で住んでいるのか…?

占有者の名前は、○○子となっているので、

性別は女性であることは間違いないと思うのだが…。



ワタシ
「あの、皆さんというと、○○さんは女の人だと思うんですが、

その方の旦那さんとか、お子さんとかと住んでるってことです?」


肌の綺麗な管理員
「旦那さんはどうだか分かりませんが、お母さんと−、

小さい赤ちゃんがいますよ」


ワタシ
「小さい赤ちゃん…」



赤ちゃんは小さいから赤ちゃんなんだろ!

普段のワタシだったら、そんなツッコミを入れるところであるが、

今は占有者がまだこの部屋にいる、

しかも赤ちゃんとお母さんの少なくとも三人で住んでいる事実が分かり、

ワタシは少し愕然(がくぜん)とした。

赤ちゃん、追い出さないといけないのか。



いずれにせよ、彼女たちをここから出さなければ、

ウチの会社も仕事にならない。

赤ちゃんがいようがいまいが、その現実に変更は出来ないのだ。



でも、まあ−。

ワタシは裁判所の資料を更に思い返す。

この占有者は、実際にローン返済できなくなった所有者ではなく、

所有者から物件を借りている賃借人の模様だ。

金を返せない所有者じゃないんだから、

引越しするくらいの金はあるだろ…。

そう思うと、少し気が楽になった。



だが、そのちょっとした気楽さはすぐ跡形も無く崩れ落ちることなど、

今は知る由(よし)もなかった。



…続く。

 

2003.10.14 火曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十二話− ファーストコンタクトの話。



−夜、10時。

薄っすらとした灯(あか)りの下、ワタシは外に佇んでいた。

占有者の住む、マンションの前だ。



昼にこのマンションの管理員−非常に肌が綺麗だった−

と話をしたところ、占有者である彼女が帰ってくるのは、

自分がいる昼にはいつも見かけない。

帰宅するのは恐らく夜頃ではないか、という回答を得たので、

それならば、夜の10時に自宅に行けば、彼女と会えるのではないか。

確実に会えそうな時間帯に行こう。

そう思ったワタシは、意気込み勇んでこの時間に来たという訳だ。



それにしても−。

段々と夏の気配が消え、秋の足跡が聞こえてくる、

そんな季節の変わり目。

これから占有者と会うぞ、と紅潮したワタシの頬を、

初秋の風が擦(さす)る。

秋風が心もち、気持ちよい。



そのマンションは、小ぶりではあったが、

新築された時期から、まだ然程(さほど)経過していないこともあり、

重厚とは言えないが、割と品の良い顔をしていた。

都心という場所柄もあるのだろう。

変な顔のマンションでは、この場所に合わない。

場所がマンションの顔を作るといったところか。



ワタシはエントランスの重い扉を開き、

オートロックのコンソールの前に立った。



さあ、いくぞ−。



ワタシは今日の昼にも押したコンソールの呼び出しボタンを押した。

チャイムが鳴る。

押す前までは、気分を高揚させていたワタシであったが、

その機械的な音を聞いたとき、この場から逃げ出したい気分になった。

あたかもピンポンダッシュをした、小学生時代の頃のように。



「…はい」



コンソールの通話口から、語る声がした。

若い女性の声。

少し不安と不機嫌さが混じった声であった。

それはそうだろう。

普通に生活している人間にとって、

見ず知らずの夜中の訪問者ほど、迷惑なものはない。

しかも、肌の肌理(きめ)細かい管理員の話によると、

占有者は、本人のお母さん、子供の三人で住んでいて、

その子供は、まだ赤ちゃんということだ。

赤ちゃんのいる女世帯であるが故(ゆえ)、

夜の訪問者に更なる不審感を抱いているのも当然であろう。



−占有者は、いた。



その事実はワタシの心臓をバクバクと波打たせた。

その波打ち方たるや、尋常ではない。

不整脈を起こし、この場で息絶えそうな勢いだ。

どうせ不整脈を起こして死ぬのだったら、

冷たく暗い大理石の床張りの上でなく、暖かい布団の中、

腹上死でポックリ逝きたい。逝ってしまいたい…。

そのような、その場に似つかわしくない不謹慎な考えが、

ワタシの頭の中を駈けずり回っていた。



腹上死。

腹上死。

腹上死…。

腹上死……。



「…はい、なんですか?」



占有者である彼女は−便宜上、これから彼女を占有者A子と呼ぶ、

ワタシが緊張の余り、何も答えられずにいると、

ますます不機嫌そうな声で、そう言った。

用事があるならあるで、早く言え!

ないんだったら、とっとと帰れ!

その言葉の裏にはそういった真意が隠されていたのであろう。



だ、駄目だ。

何か喋らなくては駄目だ。

話をしなければ、そこで終わってしまう。

これから先の進展など全く望めない。

ワタシは緊張の余り、裏声の甲高い声で問い掛けに答えた。



ワタシ
「あ、あ、あの。ワタシ、ここを落札した。

落札したってのは、ケーバイなんですけど。

その会社の追い出し屋Gっつーのものでして…」


占有者A子
「……」


ワタシ
「あ、あの…。ウチはここを転売しようかと思ってるんですが、

それだとここに今、住んでいるとそんなことも出来ませんよね−」



ドモリが酷い。

こんな喋り方じゃ、ただの挙動不審者である。

だが、これでも当時の自分にとっては、一生懸命喋った方だ。

何とか言葉を出そう出そうと、必死になっていたワタシに対し、

占有者A子は一段と声を低くして言った。



占有者A子
「…あの、ワタシはその件に関しては全くわからないんで」


ワタシ
「いや、分からないって言われても−」



あなたは占有者なんですよ、とワタシがセンテンスを繋げる前に、

占有者A子は今までの静かな反応から一変し、

少し怒号が混じった声で一方的にこう言い放った。



占有者A子
「大体、アナタ、今何時だと思ってるんですか!?

常識を弁(わきま)えた時間じゃないですよ!!

早く帰ってください!!」



ガチャという音を最後に、コンソールから声は聞こえなくなった。

ワタシは試しにもう一度、そして二度、呼び出しボタンを押したが、

それっきり反応はなかった。



ワタシは、夜中の街を背中を丸め、帰って行くしかなかった。

無言のまま−。



これがワタシと占有者A子との初めての対面、

いや実際に会う事はなかったので、接触といった方が正しいか、

言うなればファーストコンタクトである。

そして、これから先の長い長い退去交渉のプロローグとなった。



本当の物語は、ここから始まる−。



…続く。

 

2003.10.15 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十三話− 鬱な翌日の話。



で−。

それで、そう言われて、帰ってきた訳なのか?



体が痺(しび)れる程、低く重い声であった。



占有者A子とのファーストコンタクトを終えた翌日の朝、

ワタシは社長に業務報告をしていた。

マホガニーのテーブル越しに、ワタシは社長と対座している。

いつものことながら緊張を禁じえない、ひと時だ。

しかも、ワタシの対面している相手はいつもに増して不機嫌そうだ。

贔屓(ひいき)の野球チームが、こっ酷くやられたからか?

はたまた、何か他の社員がヘマをしでかしたからか?

ワタシの緊張度合いはますます深まり、それに比例して、

胃がシンシンと痛み出す。



社長を目の前にして、ストレスと緊張の余り、

胃が痛くなるワタシ。

ストレスと緊張ばかりの社会人生活−。

そんな将来が待ち受けていることなど、

学生時代の自分は想像していただろうか。



高校の頃、ワタシはこう思っていた。

胃薬片手に会社に向かうオジサン達を斜(はす)に見つつ、

そこまでして何、働いちゃってるの?

ストレスで胃を壊して、それでも働いて。

バッカじゃねーの。

もっと自分の好きなように働けばいいじゃん。

俺だったら、そうする。

もっと自由になる!!



俺だったら、そうする…?

もっと自由になる…?

そうだ、その通りだ!

だから、今の俺など、社会人になった俺など、

俺は俺じゃない!

こんなのは偽者の俺だ!!

本来の俺じゃない!!



冷静なワタシは不安定なワタシに問いかける。



じゃあ、今のオマエは何なのだ?

今のオマエはオマエじゃないのか?

オマエはオマエじゃなければ、一体何者なのだ?

オマエはオマエだ。

他の何者でもなく、オマエはオマエだ。

仮に高校の頃、馬鹿にしていた大人たちと、

全く自分が同じ境遇に陥っていたとしても、

それはオマエが選んだ道なのだ。

言い訳はするな。

オマエはオマエなんだから−。



そうだ。

俺は俺なんだ−。

何だか分かったような、分からないような、ヘンな気分。

首を両手で掻(か)き毟(むし)りたくなる程、もどかしい。



ふと、我に返る。



ワタシの目の前には、社長が座っている。

そして不機嫌そうな顔を向け、昨日の報告をするべく促している。



それが現実、だ。

小さく溜め息をつき、そして−。

ワタシは昨日の占有者との顛末(てんまつ)を語り始めた。



占有者に関してですが、ワタシはいないと断定していたのですが、

昨日行ったら、あのマンションに占有者はいました。

占有者は若い女性で、なおかつ本人の母親と子供とで住んでます。

父親の存在ですが、どうでしょうか。

管理員に聞いても会った事はない、とのことで、不明です。

え、本人に確認したか、ですか?

いやはや本人にその点を確認するも何も、

夜遅く行ったからといって、彼女からこっぴどく怒られましたよ。

まあ、そりゃそうですよね。

子供−何でも赤ちゃんだそうです−のいる女世帯なのですから。

え、え、え?

何か進展はあったか、ですか?

えー、ですから、夜10時に行きまして、怒られまして−。

今、何時だと思ってるんだ!!

みたいなことを言われまして−。

そりゃ、そうで…。



緊張のせいか、丁寧語や尊敬語、謙譲語が入り混じり、

日本語がたどたどしい。

だが自分なりに一生懸命報告をしていたのであるが、

ウチの社長はそんなワタシの思いを知ってか知らぬか、

手を振り上げ、ワタシの言葉を遮(さえぎ)った。



もういい、もういい。



で−。

それで、そう言われて、帰ってきた訳なのか?



体が痺(しび)れる程、低く重い声であった。



ワタシが、小さく「はい」と答えるや否や−。

降り注ぐ、刺々(とげとげ)しい言葉の数々。

怒声と怒号は尽きぬこと無く、いつまでも続くのであった。



正直言って、この時の記憶はどうだろう。

ただただ下を向き、ボンヤリと聞いていたことだけ覚えている。

嫌なことは忘れる。

時間が経てば忘れる。



いや、そんなのウソだ。

ワタシは嫌なことを無理矢理忘れようとした。

時間が経つことを理由として、忘れようとした。

だが、簡単に忘れるワケがないじゃないか。

簡単に忘れるワケなど、ない。



…って、いつから鬱小説になったんだ、これ!?



…続く。

 

2003.10.16 木曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十四話− エセ関西人のオッサンの話。



昔からそうなのであるが−。

ワタシは落ち込むときは誰よりも深く落ち込む。

その落ち込み具合といったら、海よりも、マリアナ海溝よりも深い。



社長の怒声から解放された後、ワタシは予定も無く外へ飛び出し、

近くの公園のベンチに座っていた。

秋晴れの空の下、平日の昼間から公園にいると、

ますます自分が駄目な人間であるようからのように、痛感させられる。



ああ、疲れた…。



落ち込んでいた。

そして、落ち込んだ時、ワタシは無性になりたいものがある。

それは、モグラだ。



−ワタシは、モグラになりたい。



今すぐにでも地中に潜り込んでしまいたい、

近所の小学校の校庭に穴を掘って、モグラになりたい。



−モグラはいいぞぉ。



どこからともなく、知らない誰かがワタシの心に直接語り掛ける。



−モグラは穴掘ってりゃ、それでOKな訳だから。



そうだ、穴を掘る。

穴を掘って掘って掘りまくるのだ!

穴を掘って、そしてその先にある、誰かが去年撒いたコスモスの花−、

今ようやく花咲かん、その瞬間を見計らって、そいつを食い散らかすのだ。

花を食い散らかし、そしてその後に残るものは−。



無。

虚無。

何もない空間だ。



真っ白な空間で、ワタシは一人佇(たたず)み−。



そんな訳の分からない妄想染みた想いに、ワタシは支配される。



ユーウツだ。

とてもユーウツだ。



ああ、人として生きたくない。

社会より遠ざかりたい。

引きこもっていたい。

そうだ、引きこもりだ。

薄暗い部屋の片隅で、ひざ小僧を抱えつつ、

日がな一日体育座りをしていたい。

脳みそが溶けるくらい、何も考えず…。



段々とワタシの意識は、暗く深い闇の中へと、落ちて…。



ちょ、ちょ、ちょーーーーっと、待ちなはれー!!

ダンナはん、待ちなはれー!!



突然、劈(つんざ)く様な甲高い声が頭の中に響き渡る。



早まった考えはやめなはれー!!



ああ、また誰か知らない奴が直接語り掛けてくるよ。

妙にテンションが高いオッサンの声。

あ…。



だが−。

だが、だが、だーが、だーーーーーが、しかしっ!

アンタ、死んで花実が咲くものか、でっせええええ!




ってゆーか、死のうとかまでは思わないぞ。

流石(さすが)に。



それにしても、変なイントネーションだ。

関西弁を知らない人間が、話す関西弁チックな語り口。

悪意を持って、カリカライズされた関西人といったところか。

例えるなら「ナニワ金融道」と「ミナミの帝王」に出てくる関西人のそれ。

まったくもって、誤解と偏見極まりない。



こいつ…。

知らないヤツ、なんかじゃない。

お前か、忘れた頃にやって来る、エセ関西弁野郎か!!



そうそう、やっと思い出してくれはりましたかっ!

遅いでっせー!

ワテ、もうちょっとで眠ってしまうところでしたわ!!




いつもは眠っているのだろう。

だがワタシが極度に落ち込むと、この時とばかりに登場する、

謎のエセ関西弁使いのオッサン。

こいつはワタシに偉そうに説教するのだ。

インチキくさい、というか丸っきりインチキな関西弁を捲し立てる。

本当に腹立たしく、ムカつく、ワタシの脳内住人だ。



エライ言いようですな、ダンナはん!

ワテ、泣いてしまいまっせ!!



泣くんだったら、勝手に泣け。

オッサンの泣き姿など気持ちわるいわ。



ワテはダンナはんが、くらーーーい気分になってはるのを見て、

これじゃあ、いかん、と思って出てきたんや!

うーん、なんてダンナはん想いでっしゃっろ!!


結局、ワテが何言いたいか?

そりゃあ、死んで花実が咲くものか、でっせえええええ!!



このオッサン、「死んで花実が咲くものか」なんてフレーズが、

気に入ったのか、何度も繰り返している。

でも、確かにその通りだ。

別に流石(さすが)のワタシも死のうとは思っていないが、

気分は暗く落ち込んでいた。

それは死人同然の暗さだった。

こんなんじゃ、駄目だ。



死んで花実が咲くものか、か。

ワタシの脳内に住んでおきながら、宿り主よりも、

エラそうで、自意識も過剰そうだし、

とにもかくにも人を腹立たせるのに十分なインチキ関西弁は、

とても耳障りだ。



だが、奴のお陰でワタシは、今ここにこうやっていることが

出来ているのかもしれない−。



ダンナはんも、ようやくワテの偉大さが分かったちゅーことやね。

ほうほう、その通りでっせ!

死んで花実が咲くものか。

死んだら、花見で酒も呑めまへんわ!!


わははははははははっ!!!



自分では凄い上手いことを言ったつもりなのか、

ガラスを爪で引っかく様な満足気な笑いを余韻にし、

ワタシの頭から、エセ大阪人の幻影は消えた。



ベンチに座っていたワタシは、大きくひとつ背伸ばしをする。

全身が伸び、気持ちいい。



さて。

これからどうしようか。

とりあえず、占有者に手紙送るか−。



ワタシはもうひとつ背伸ばしをし、会社への帰路についた。



…続く。

 

2003.10.17 金曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十五話− はじめてのお手紙の話。



拝啓。

枯葉舞う季節になりましたね。

お風邪を召されることなく、お元気でしょうか。

ワタシはといえば、季節の変わり目にすっかり体が順応せず、

あまり体調は思わしくありません。

せっかくのお手紙なのに、辛気(しんき)臭いお話しになってしまい、

申し訳ありません。



それにしても、秋という季節は何故こんなにも儚(はかな)く、

切ない気分になるのでしょうか。

ワタシの心もそこはかとなくメランコリックで、なんとなくクリスタル。



ああ、切ないです。



貴方を想うと夜も眠れず−。

おかげで日中が眠くなる始末。

ああ−。

貴方と会えない日々を送る今、ワタシの心は張り裂けんばかりです。



貴方と会いたい。

貴方と会いたい。

貴方と会いたい。



遥(はる)か時空を越え、ワタシはロミオとなる。

もちろん、ジュリエットは貴方だ。

シェークスピアの一代ロマン。

ワタシたちは悲劇の主人公となる。



ああ、ワタシは貴方にどのようにこの高鳴る想いを伝えれば、

貴方に想いを託せばいいのでしょうか。



貴方に会いたい。



そして−。

ワタシは貴方に思いの丈を、こう伝えたい。

まだ見ぬ貴方にこう伝えたい。



貴方は−。





いつマンション明け渡してくれるんだ?





−違う、違う!!



ワタシは今、自筆で手紙を書いている。

ワープロは人並みに使いこなせるが、やはり手紙を書くからには、

手書きで書いた方が説得力があるのではないか。

そう思ったワタシは、普段書きなれていない万年筆を用い、

手紙を書いている、といった次第だ。



…ミミズののたくるような字を連ねた手紙を、

両手で丸め、くず入れに投げ捨てた。

こんなネタみたいな手紙書いてどうするんだ!?

いやまあ、面白いことは面白いが、こんな手紙を送ったことが、

ウチの社長にバレた日にゃ、どんな責め苦があるってものか。

想像するだに怖ろしい…。

でも、その反面どんな責め苦が待ってるのか、

ちょっと知りたいと思う、自分がいたりして。

いかん、いかん。

無駄な冒険心は捨てるんだ、追い出し屋G!!

どうせすぐヘコむクセに…。



再びワタシは占有者A子に宛てた手紙を、どうしようか、考えた。



そうだ、こんなのはどうだ?

再びワタシは筆を進めた。



拝啓。

あー、あー。ピイイイガアアアアア(ハウリングの音)

あー、あー。占有者に告ぐ、占有者に告ぐ!

君たちは完全に包囲されている!

無駄な抵抗は止めて、早く出てきなさい!!

田舎のお母さんも今の状況を見て悲しんでるぞ!!

いいか。

実は今、オマエのおフクロさんがここにいる。

今、おフクロさんに代わるから、速やかに出てきなさい!!



「ひろしぃぃぃ!!ひろしぃぃぃ!!オマエ、何やってるんだい!

アタシは今までそんな子に育てたつもりはないよっ!!

早く迷惑掛けずに、抵抗しないで出てきなさい!!!

ひろしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」



♪かあさぁぁんがぁぁ 夜なべぇーをしてぇ 

         手ぶくーろぉ 編んでぇえくれたぁぁぁぁ(涙声)



おフクロさんも悲しんでるぞ!

オマエが、少しでも、そう少しでも人の心を持っているというのなら、

もうおフクロさんを悲しませることは止めろ!!

そして、早く出て来い!!




…って。





ひろしって、誰だよ!!





あああああ!!



ワタシはまた、途中まで書いた手紙を丸めてポイっと投げ捨てた。

ネタばかり書いてどうするんだ!?

大体占有者は女だし。

現実は、占有者の母親も一緒になって占有しているみたいだし。



手紙を読むだろう、占有者の気を惹くべく、

目新しいものを書こうとするから、ネタっぽい文章になってしまうんだ。

普通に、自然に、さりげない文章で、淡々と現実を書くんだ。

そう、マンションを明け渡さなければならない、という現実。

さすれば、必ず相手からの反応はある。

もし、手紙書いて相手からのリアクションがなければ−。

その時はまた、真夜中のお宅訪問だ。



ワタシは占有者への手紙を一文字一文字を力強く、したためていった。

淡々と事実を書き記していくワタシであった。



…続く。

 

2003.10.20 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十六話− 占有者へのお手紙の話。



占有者への手紙を書く。



拝啓からはじまる、畏(かしこ)まった文章なんて作らない。

相手に阿(おもね)った作文などしない。

ただただ事実に基づいたことだけを淡々と書く。

たんたんたんたんたんたんたんたん…。



事実を書き連ねる。

それじゃ、裁判所の資料を基にして、っと。

それらによると彼女の占有権原は概(おおむ)ね、以下の通りだ。



  占有者が下記の通り賃借し、住居として使用している。

  占有開始時期: 平成×年×月×日
  契約期間・賃料・敷金等  不明



これに関する、執行官の意見は次の通りだ。

現況調査報告書の該当箇所をそのまま転載する。



本件建物は、在宅していた占有者A子の陳述、

ライフライン調査の結果、住民票写しの記載、

現場の状況等から占有者A子が占有しているものと認定したが、

同人及び賃貸人である所有者Yのどちらからも、

占有権原等に関する照会に対する回答が、

期限までに提出されないので、月額賃料、敷金の有無、

契約期間等を明らかにすることは出来ない。

立ち入り調査の際にも本件建物の賃貸借契約の内容について、

占有者A子に尋ねたが、賃貸人の氏名は答えたものの、

口頭での契約だというのみで賃料や契約期間等については、

答えなかった。

その後も再三、占有者A子に架電して聴取することを試みたが、

連絡が取れなかった。

契約当事者双方が明確な回答をしないことから、

占有者A子の主張する賃借権は、何らかの人的関係に基づく、

使用借もしくは債権回収目的の疑いなしとはいえず、

回答書を提出しないこと自体が、

非常な賃貸借の疑いを持たせるものである。




この文面は何を言いたいのか。

それは執行官が裁判官に対し、わかりやすく言えば−。



占有者A子は、なんかアヤシイっすよ、センパイ!!

こいつ、マンションの部屋、なまいきなことに、

ただで借りてるんじゃないっすか?

俺っちだって、金払って家借りてるってのにー。

だから、俺っちになーんも言えないんすよ!

やっぱ、アヤシイっすよ、センパイ!!



−といったところか。



ちなみに執行官とは、裁判所から権力を委託されている人間で、

占有者に関する物件調査、ライフライン調査といった現況調査や、

占有者を排除する強制執行等を職務としている。

但し、公務員ではなく、裁判所から給与は出ない為、

出来高歩合の営業マンみたいなもんだ。

だから、買受人に対し、過剰なまでの押し付けがましい、

あからさまな商売をするのだが、

それはまた、別の機会にでも話をしよう。



彼ら執行官の意見を踏まえて、

裁判官は物件明細書という資料の中で、

執行裁判所の一応の見解を述べている。



「占有者の占有権原は使用借権である」



簡単に言えば、ただ借りしている、ということだ。

賃貸借でもなんでもない。

よって、引渡命令をガツンと出してやってもいいよ、

といったところだ。



またもや余談であるが、裁判所の見解ではなく、

裁判所の「一応」の見解とするのがミソである。

「一応」と前フリを入れることによって、

裁判所ならびに裁判官は、

揉め事から逃げることが出来るのだ。



えー、ボクちん、そんなこと言ったかもしれないけど、

でもイチオウって言ったじゃん。

イチオウはイチオウなんだよ。

絶対って言ってないじゃん。

だから、知らないよ、そんなこと!!

そんなことふたりで勝手にやってよ!!

ボクちんを巻き込まないでよっ!!




…こんな言い訳、社会で通用するワケがないのだが、

裁判所では通じちゃってるみたいである。

仮に、ワタシがお客さんに不動産のことを聞かれて、

えー、一応こんな感じだと思いますー、なんて答えた日にゃ、

信用や信頼など即刻、ゼロに向かって急降下だろう。

でも、社会の規範たる裁判所にはそんな無責任な見解が、

まかり通っているのだ。

裁判所の常識は、世間の非常識といえよう。

非常に不思議なことだ。



とにもかくにも、ワタシは「一応」とはいえ、

裁判所の見解を下敷きにし、手紙を書き連ねていった。



あー、要はアナタ様はタダで借りてる占有者であり、

ウチの会社が所有権を移したら、当然、タダで貸すなんて、

芸当はしないわけで…。

だから、出てってください。

出て行ってくれないと、泣くし。

そりゃあもう、ワンワンと。



そんな感じのことをつらつらと書き綴る。

まあ、こんな感じでいいか。

占有者へ送る手紙作成の時間を費やすこと、三時間。

ワタシはやっとのことで出来上がった手紙を封筒にいれ、

ポストへ投函した。



−結果として、この手紙により、事態は進展した。

しかし事態の進展は、またもやワタシに苦難をもたらすことになる。



手紙を送った三日後−。

私の元に一本の電話が掛かってきた。



…続く。

 

2003.10.23 木曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十七話− 電話の主は…の話。



その日は、一本の電話から始まったといっても過言ではない。

爽やかな朝のひと時を、引き裂くかのように、電話が鳴った。

その電話に出た同僚は、はいはい、と電話の向こうに頷き、

そして、少しお待ちくださいと前置きした上で保留ボタンを押した。



おーい、追い出し屋Gくん。

あのマンションの件で、なんか、キミに用があるんだってさ。



ワタシは、彼女−そのマンションを占有している占有者A子から、

やっと連絡が来たか、と思い、電話に出る数秒のうちに、

何を喋るのか、その話の構成を反芻(はんすう)した。



ふふふっ、この追い出し屋G。

こう見えても、ちゃんと仕事のことを考えているんですぜ。

占有者A子に対する、話の持って行き方を自分なりに組み立て、

イメージトレーニングをしてたんだよ。

まさにこの日のために…。

今こそ、その成果を見せる時!!

この時を逃してなるものか。



電話に出るワタシ−。



ワタシ
「あー、もしもし。追い出し屋Gですが」


占有者A子
「あ、あ、あ、あのぉ。

この前、お手紙を貰ったので電話したのですが…」



震える声でおどおどと話だす占有者A子。

まあ、内容も今住んでいる家から出て行ってくれ、という話しだし、

彼女も声からしてまだまだ若そうだし、無理もないことか。

でもね−。

悪いんだが、ワタシは甘くはないんだよ。

そう、もうこの仕事をやろうと思ってから、

甘い人間ではなくなったのだ!!

そうだ!!

ガツンといってやるぞ、ガツンと!!

ワタシは無理矢理かもしれないが、自分は甘い人間ではない、

とテンションを上げ、言い放つ。


うおおおおおおおおおおおおおおお!


先制攻撃だ!



頭が痛くなる程、無駄にテンションをあげつつ、

ワタシは相手に直球ストレートを投げつける。



ワタシ
「電話を掛けて頂いて、早々なのですが−。

結論から言わせて貰います!」



さあ、出だしはOK!!

ここですかさずガツンと言ったれ!!



ワタシ
「いつ出て行ってくれるんだ!?」



おおーっと、直球を投げたったぞ。

やるな、追い出し屋G!

頑張った、追い出し屋G!

そうさ、追い出し屋Gはやる時はやるのさっ!!

何故か命令口調だが。

自分で自分を褒め上げつつ、まさにほめ殺し状態。

…って、自分で自分を殺してどうする!?

そんな無駄なツッコミをしつつ、ワタシは相手の回答を待つ。

さあさあさあさあ!!

さあ、どうでる占有者A子!?



占有者A子
「はい…」



それはそれは小さい声であるが、

電話の向こうでコクリと頷(うなず)いている姿が見えるようだ。

しばしの沈黙の後、彼女は続ける。



占有者A子
「…あの、出ます」


ワタシ
「…あ、え?」



直球に直球で返した占有者A子。

その時のワタシはさぞかし立派な間抜け面(づら)だろう。



占有者A子
「このマンションから、出ます」



…出る?

彼女、出るだって?

出るか?

そうか、出るか?

退出するか?

うひょー!



ワタシの目的はタダひとつ。

この占有者A子を退去させること!

その目的が今、達成されん。



おおっと、ちょっと喜びすぎだぞ、追い出し屋G!

出るたって−。

いや、出るし、五年後。

…なんぞと回し蹴り喰らわしたくなる答えなのかもしれんし。

それだったら、いつ出るよ?

何年何月何日何時何分何秒、地球が何回まわった時だよ!?

さあさあさあさあ、はっきりさせんかいっ!!



ワタシ
「えー、それでしたら、いつご退去して−」



ワタシの言葉が最後まで終わらないうちに、彼女は回答した。



占有者A子
「今日をいれて、一週間後には出ます」



うひょー。

マジかよ。

やったなあ、追い出し屋G!

これで目下のところの目の上のたんこぶが取れる、ってなもんだ。

あー、ちょっと待て、ちょっと待て。

冷静になれ、追い出し屋G。

ものの本によると、こーゆー時には金銭的要求がつきもの、

って書いてあったじゃないか。

要するに、立退き料ってヤツだな。

でも、金なんて払っていいのか。

ちょっとくらいなら払っていいんじゃないのかな。



そんなワタシの心の動きを知ってか知らぬか、

見えぬ彼女は少し笑ったようだ。

そして、一週間後に鍵をお渡しします、とだけ言った。


うおおおおおおおおおおおおおおお!


これで、これで本当にフィニッシュだ。



こうして、ワタシと占有者A子との退去交渉が終わる…。





対決!追い出し屋G 対 元アイドル!



完。





うーむ、完璧だ。

完璧なまでの占有者交渉だ。

完璧なまでのストーリーだ。

さあ、本番もこの調子で行こう!!



ワタシは掛かってきた電話を代わる前、

今までのトレーニングを頭の中で反復した。

その間、たった数秒。

ワタシの頭の脳細胞はフル回転。

恐らく何百万の脳細胞が一瞬にして亡くなる程の、

回転ぶりであったろう。

さあ、電話がワタシを待っている。



ワタシは保留ボタンを解除し、受話器を取った。



ワタシ
「あー、お電話代わりました。

追い出し屋Gですが−」



さあ、出ると、退去すると言うんだ、占有者A子!



イメージ通りの展開を念じるワタシを尻目に、

電話口で、彼女は、言った。



「あー、追い出し屋Gさんですか?」



彼女は−。

ごく普通にワタシに言葉を返した。

アナタが追い出し屋Gさんですか?

ただ、その様なことを言っただけだ。

だが、ワタシは−。





(゚Д゚)ハァ!?  




思わず呆気に取られてしまった。

え、何故、何故…。



電話の主は、言葉を続ける。



「あれ、追い出し屋Gさんじゃないの?」



いや、ワタシはその通り、追い出し屋Gだけど−。

オマエの方こそ、一体誰だよ?



その電話の声は−。

占有者A子の、小さく弱々しい若い女の声ではなく−。

野太い中年男のダミ声であった…。



…続く。

 

2003.10.26 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十八話− 謎のコンサルタント登場の話。



「あれ、追い出し屋Gさんじゃないの?」



その電話の声は−。

占有者A子の、小さく弱々しい若い女の声ではなく−。

野太い中年男のダミ声であった…。



ってゆーか。




オマエ一体誰だよ!?




ワタシが今までイメージトレーニングで描いていた、

占有者A子退去までの栄光の軌跡がガラガラと音を立て崩れた。



手紙を読んだ占有者A子が自ら電話を掛けてきて、

ワタシからの問い掛けに従順に答えて、

しかも最後は「一週間以内に出ます」という言葉を、

占有者A子が自主的に言うという夢見がちなストーリーであったが、

まさか、その軌跡の大前提となる「占有者A子からの電話」ではなく、

全然知らないおっさんから電話が掛かってくるとは…。



ワタシは少し、いや思いっきり動揺しながら電話の主に応答した。



ワタシ

「あ、え、いや、追い出し屋Gはワタシですけれども…」



いつもに増してたどたどしい。

その動揺が相手にも伝わったのか、鼻で笑われた様な気がした。



謎の男
「そうですか…」



ふと、ワタシは思った。

もしや、こいつ、占有者A子にマンションを貸している所有者か?

所有者兼債務者である所有者Y。

こいつが賃貸人として占有者A子にこのマンションを貸している。

だったら、こういったストーリーが考えられるのではないか。



裁判所の資料からして、占有者A子と所有者Yとの間柄は、

知人だか知り合いだか親戚だか何だか分からないが、

通常の賃貸人・賃借人の関係ではない。

しかるに、ワタシからの手紙を読んだ占有者A子は、

すぐさま所有者Yに連絡をし、自ら電話を掛けるのは怖いから、

所有者から退去する旨を伝えてくれないか、

そんな依頼をされた所有者Yはワタシに電話を掛けてきて…。



うーむ、これだったら、つじつまが合うぞ。

んじゃあ、電話の主は所有者Yだということだな。

それだったら、こちらは動揺する必要はないぞ。

デーンと大きく構えて、相手の「出ます」宣言を聞いてればいいのだ。

ふふふっ。

ここはデーンと…。

どこまでも楽天的というか、自己中心主義な考え方だ。



謎の男
「あー、私はね、A子さんからこの件について、頼まれた−」



はいよ。

所有者Yだろ?

デーンと構えて…。



謎の男
「コンサルタント会社のマスウラといいます」




……!!

って、所有者Yじゃないのかよ!




何だよ、コンサルタント会社って。

誰だよ、マスウラって。

マスウラが何の用で、このワタシに電話を?

占有者A子から頼まれたって言ってたな。

何を頼まれたって言うんだ!?

あれか。

出るって事を、本人が言う代わりに、所有者Yが言う代わりに、

このマスウラが「出ます」っていうのか?

そうか、そういうワケか!?



動揺と期待が交錯するワタシに、自称コンサルタント・マスウラは、

ワタシにこう告げた。



マスウラ
「あー、追い出し屋Gさん。

なんかアナタ、ワタシの知り合いのA子さんに色々手紙出したり、

夜中に訪問したりして…」



マスウラのダミ声は、話すことによって、調子が上がってきたのか、

徐々に大きな声になっていく−。



マスウラ
「非常に迷惑なんですよ!」



な、なんだ?

この前置きは!?

早く、一週間以内に出ます、って言え!!



だが、その願いも虚しく−。



…続く。

 

2003.10.27 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第十九話− 電話での追い込み方の話。



マスウラ
「非常に迷惑なんですよ!」



マスウラは、言った。



あれ、占有者A子は一週間後に出ます、って何で言わないの?

こっちからそーゆー風にネタ降らないと、喋れないタイプ?

ダミ声のおっさんなのに、ワリと恥ずかしがり屋さん?

それじゃあ、仕方ないな。

こっちから方向性を出してやろうか…。

無駄に余裕があるところを自己演出しつつ、

ワタシはマスウラに言った。

自分ではズバッと端的にいったつもりだが、

相手にはどう伝わっただろうか。



ワタシ
「あのお…。それで、いつ出られるんです?」



マスウラはワタシの質問に答えることなく、

言ってることが分からないが、という枕詞を並べ−。



マスウラ
「非常に迷惑なんだって!」



追い討ちを掛けトドメを刺すべく、ダミ声をワタシにぶつけた。



え、え、え、違うの!?

出るって言うんじゃないの!?

ってゆーか。

今のところ、出る気なしかよっ!



その時のワタシの心臓といったら、

嵐で大時化(おおしけ)の荒ぶる日本海の様に、

それはそれは高く波打っていた。



ああ、このままじゃ、不整脈を起こし、心不全で死んでしまう。

別にいつ死んでもそれはそれで仕方ないが、どうせだったら、

腹上死したい。



腹上死。

腹上死。

腹上死…。

腹上死……。



ああ、まただ。

また腹上死で頭がいっぱいだ。

これもまた現実逃避の一種なんだろう、

と今のワタシならば冷静に判断出来るのだが、

経験乏しい、というか競売業界に飛び込んだばかりの、

混乱した頭では冷静沈着な判断など、出来るワケなく…。

ただただ相手の言い分の聞き役になっていた。



ワタシ
「あの、別にワタシは迷惑を掛けるつもりはなく−」


マスウラ
「あんな脅迫的な手紙を出したり、夜に押し掛けたり、

迷惑極まりない!!」


ワタシ
「ですから、迷惑といいますか、こちらの方こそ、

連絡を取っているにも関わらず、何の連絡もなく−」


マスウラ
「連絡がない!?今、ここにこうやって電話しているのは、

連絡じゃないの!?違う?」



ワタシが何を言ってもマスウラのダミ声が覆い被さる。

そんな状態。

昔の言葉でいうと、暖簾(のれん)に腕押し、といったところか。

ちょっと教養を見せちゃったかもしれないが。

相手は、ワタシがまだまだ素人の若造だと判断したのだろう、

段々と小バカにした口調になってきた。

それが声だけで、あからさまに分かる。

バカと小バカでは、小がついてる分、バカ度は低いと思うが、

だが、「バカ」にされるより「小バカ」にされる方が、

何だか腹立たしく向かっ腹が立ってくるのは何でだろう。

これぞ、人類の七不思議。

で、あと六つは何?なんぞというのは、無粋というもので。



それにしても−。

舐められている?

ああ、舐められてるよ、ワタシ。

舐められまくってるよ、ワタシ。

もうヨダレ、ダラダラだよ。



相手に舐められているせいもあってか、

ワタシの額にはダラーっと嫌な汗が垂れた。

秋だって言うのに。

部屋には暖房もつけていないって言うのに。



そんな状況を知ってか知らぬか、マスウラはワタシに言う。

ああ、今の電話はすべてマスウラのリードのままだ。

ワタシの、ワタシの今までのイメージトレーニングは一体…。



マスウラ

「それで、アナタの行動が迷惑だってのは、わかったよな」



ワタシの嘆きなど、露(つゆ)知らず、マスウラはワタシを追い込む。

まるで電話での追い込み方というのは、こういう風にやるんだよ、

と言わんばかりに…。



マスウラ
「それで、だ。本題はここからなんだが…」



常にマスウラが会話のリードを取り続ける。

だが、ワタシには何もなすすべが無かった。


…続く。

 

2003.10.28 火曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十話− 本題はこれからだ!の話。



マスウラ
「それで、だ。本題はここからなんだが…」



常にワタシに対してリードを取るマスウラ。

俺こそ、真のお昼のリーダーと言わんばかりの、その態度は、

段々とふてぶてしさを増していき、終いには、

ワタシに対する口の利き方が非常にぞんざいなものとなった。



大体−。

今までの迷惑だの何だのっていうのは前置きだったのかよっ!

前置きで、カマされたのかっ、俺!?

咬ませ犬かよ、この俺はっ!!



朝っぱらから、いきなり咬ませ犬になった気分となる(何故?)。



ってゆーか、俺はオマエの咬ませ犬なんかじゃねーぞっ!!

俺は藤波の咬ませ犬なんかじゃねええ!!!

うおおおおおおお!!



ワタシの心には、熱く燃え滾(たぎ)るものがメラメラと…。



熱いぞ、このヤロー!!!



あくまでも心の中だけで熱くなっているが、

じゃあ実際にその熱い思いを表現しているかといったら、

そんなことは到底出来ていない、内弁慶でヘタレなワタシこと、

競売業界入社間もない、追い出し屋Gであった。



それで本題とは一体、何だ?



マスウラ
「本題とは、こういうことで−」



ダミ声の男は、エヘンとひとつ咳払いをし、

もったいぶったような喋り方をした。



マスウラ
「今、お宅が落札したっていうマンションに住んでる、A子さん。

彼女、今のマンションに住み続けたいと言っているんだよ」




(゚Д゚)ハァ!?  




−このまま、住み続けたい!?

この期に及んで、このまま住み続けたい!?

そんなこと、電話でいきなり告白されても…。



その時、ワタシは今まで見たこともない、

見た目三十歳のサラリーマンに、何の脈絡もなく、

突然告白された女子中学生の気分になった。



ボ、ボクと…、つ、付き合ってください!

えっ、でも、アタシ、あなたのこと知らないし…。

大丈夫ですっ!!ボクはアナタのことを知ってますから。

ゲっ…。

ボクはアナタが小学生の頃から、アナタのことだけ見てきました!




(゚Д゚)ハァ!?




ってゆーか、一体何故????



まさしく、その手の心境。

そんなワタシの思いを知ってか知らぬか、

マスウラは相手の心の動きを全く意に介せず、

ただただ自分の言葉だけを並べ立てた。



マスウラ
「今まで通り、住み続けたいという希望をお宅に言いたい。

それが、A子さん。知り合いなんだけれどもね、

A子さんの希望なんだ」



ダミ声オヤジは、占有者A子との関係があくまでも、

「知り合い」であることを強調した。



それにしても−。

そのまま住み続けたいって、どーゆー了見してるんだ!?

さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手なこと言いやがって!

只今の腹立たしさ度数130パーセント。

腹立たしさメーターも振り切れるっちゅーのっ!!



マスウラ
「そうそう。何もタダってワケじゃないよ。当たり前だけど」



マスウラの言葉は続く−。



…って、早く出ろよ。



…続く。

 

2003.10.29 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十一話− マスウラの無謀な提案の話。



マスウラからの電話は続く。

会話の主導権は常にマスウラが持ち、ワタシはといえば受身。

なんという体(てい)たらく。

だが、悲しいかな、それが自分の実力というものか。



大丈夫か、追い出し屋G!!

頑張れ、追い出し屋G!!

さあ、みんなで追い出し屋Gを応援しようっ!!



って、今更応援したところで、何か変化があるのかよ!?

なーんて、冷静にツッコミを入れる自分のいけずぅ。

ホンマ、ダンナはんったらぁ。

イヤですわぁ。

…って、どこの誰なんだ、オマエは!?



そんなどうでもいいことは放っておいて、話は続く。

声面からエラそうなマスウラは、文字通りエラそうに言った。



マスウラ
「そうそう。何もタダってワケじゃないよ。当たり前だけど」


ワタシ
「……はあ」



心の中は腹立たしさでいっぱいになっているのにも関わらず、

何も言えずに黙っているワタシ。

業務上、寡黙なワタシなんてのは、今となっては珍しいものだが、

その当時、交渉経験の少なさと度胸の足りなさ故の帰結であろう。

ただただ何もいえず、貝の様に口は堅く閉ざされたままであった。



業界的若輩者であるワタシに向かって、マスウラはますます、

調子に乗ってきたようだ。

マスウラは間髪入れずに、告げる。



おらおら、サクッと追い込んじゃうよ。

(≧∇≦)ぶぁっはっは!!




そんなマスウラの高笑いが聞こえてくるかの様だった。



マスウラ
「もちろん、所有者はお宅になるんだろうから、家賃は払う。

従前の賃貸借契約を引き継ぐという形で−」



ワタシは考えた。

脳、無駄にフル回転。



ウチの会社は転売業者だから、ケーバイで落とした物件を、

リフォームして売って、利益を稼ぐって商売だ。

マズは物件を空にしないと始まらない。

オーナーチェンジでも十分利回りを叩き出せるっていうんだったら、

それはそれで検討の余地アリって感じかもしれないが、

家賃を払うたって、アレだろ。

とてもじゃないけど、利回りで転がせる程の家賃は取ってないだろ。

あー、これはー。

これぐらいのマンションだから、少なく見積もって月々家賃30万円、

いやもっとあるか。家賃40万円はいくかなー。

それくらいの家賃は最低取ってるとして。

でも、管理費やら税金やら考えると利回り物件としてはどうだろ。

あんま旨味はないだろうな。



ワタシは心の中でソロバンを弾(はじ)く。

一応、ワタシの前職は不動産仲介営業マンなので、

最低限、利回りを算出する程度は出来るのだ。

賃貸は駄目だろ、フツーに考えて。

こんな無謀な提案は、駄目だ。

駄目だったら、断らなければ…。



ワタシは勇気を振り絞り−。



ワタシ
「…駄目ですよ、そんなの。賃貸なんて駄目です」



ワタシは震える声を抑え抑え、言う。



ワタシ
「だから、A子さんにはご退出して頂きたく−」



だが、マスウラの続く言葉はワタシから言葉を奪うこととなる。

そして、話す気力を壊滅的に失わせる程のものであった。

ワタシの震える声を掻(か)き消す様に−。



マスウラ
「え、何言ってるの?

だって、A子さんは正当なる賃借権者なんだよ!!

賃借人のいるってことは最初からわかっていたことでしょ!!

お宅はそれを承知で買ったワケだ!

だからA子さんには家賃を支払う限り、ここにいる権利がある!」




マスウラは、更に語気強く、更にダミ声を潰し、そう言い切った。

無駄に強い語調で、しかも少しキレ気味風味。

それですっかり萎縮してしまったワタシであった。



え、え、え…。

だって、賃借人の権利ってそんなこと言われても、

裁判所の物件明細書では、「買受人に対抗できない」とあったハズ。

だから、そんなこと言われるイワレはない!

・・・・・・ハズ。

確か、そんなハズ。

そんな感じだったよなあ…。



ワタシは、恐る恐る、言った。



ワタシ
「あのお…。

確か物件明細書では、今回のケースの占有者のA子さんには、

買受人に対抗できない。こうなっているんですが…」



そうだろ、マスウラ?

俺の言ってること、間違いじゃないよな?

オマエも知ってるよな、このこと?

間違いじゃないって、言ってくれ…。



だが、マスウラはワタシの言葉に、少しも動ずることなく−。


…続く。

 

2003.10.31 金曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十二話− サブリミナル効果の話。



だが、マスウラはワタシの言葉に、少しも動ずることなく−。



マスウラ
「だから、何?」



とだけ言った。



え、え、え、え…。

だから、何?って言われたって…。

ワタシは言葉に詰まった。

そんな単純な返しをされてしまったワタシは、

何て答えればいいんだ?

だって、買受人に対抗出来ないのだから、

そんな冷静に「だから何?」と言われたら、困る訳なんで。

「それはそうですね」とか、

「対抗出来ないということは、退出しないといけないってことですね」

「はい、そうです」

「それでは早々に退出する様に、私の方から伝えておきます」

「そうですか。骨を折って頂きますが、宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします」

なんて感じに話がトントン拍子にいかなければならないハズだ。

いかなければならないハズなのに−。

そんなハズなのに−。



現実は違った。



マスウラ
「だから、何?」


ワタシ
「だから…」


マスウラ
「だから、何?」


ワタシ

「だから…」


マスウラ
「だから、何?」


ワタシ
「いえ、なんでもないです…」




ヨワっ!!

俺、ヨワ過ぎ!!


言い負かされるなよ、俺!




マスウラに、いいように言い負かされてしまった…。

ダミ声オヤジは、ワタシを圧倒した勢いのまま、言い放つ。

さも俺様の言う通りにすればいいんだよ、オマエは、

と言わんばかりだ。

一方的に言われることは、ムカつく。

ムカつくのだが−。

おかしなもので、自分では違う違うと思っていても、

何度も何度も言われ続けると、

それもありかな、という気分になってくる。

今のワタシが、利回りはともかくとして、

占有者A子に貸すことも視野に入れていいのかな、

と思い始めたように−。

これもサブリミナル効果がじわじわと浸透してきた、

というところか。

そりゃあ、アメリカ人もコーラが飲みたくなるって寸法。

ご一緒にポテトはいかがですかあ?

いらねーよ。

男は黙って、アップルパイだ。



マスウラはワタシなど眼中にないかの如く、話し続ける。



マスウラ
「まあ、家賃は払うって言ってるんだから、

お宅にとっても悪い話じゃないでしょ?

もっとも従来の賃貸借契約を引き継いでもらって…」



賃貸っていうことは、家賃が月30万から40万円ってところか…。



しかし、マスウラの一方的なリードによる話は、

更に突拍子も無い方向へと向かうのであった−。


…続く。

 

2003.11.01 土曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十三話− マスウラの更に無謀な提案の話。



マスウラはワタシなど眼中にないかの如く、話し続ける。



マスウラ
「まあ、家賃は払うって言ってるんだから、

お宅にとっても悪い話じゃないでしょ?

もっとも従来の賃貸借契約を引き継いでもらって…」



賃貸っていうことは、家賃が月30万から40万円ってところか…。



しかし、マスウラの一方的なリードによる話は、

更に突拍子も無い方向へと−。

マスウラは我関せずといったばかりに、まくし立てる。



マスウラ
「家賃は月々6万円−」




どっかーーーん!




マスウラ

「敷金は500万円だから」




どっきゅーーーん!!




マスウラ

「ついでに定めなし更新で」




ちゅどーーーん!!!



追い出し屋G、大爆発!!

♪大、大、大、大、大爆発だあああ!!

♪だだんだーんっ!!!




な、な、な、何いってるんだ、このダミ声オヤジ。

自分で何言ってるのか、分かってるのか?

こんなこと提案されて、何言えばいいんだ?

ハイ、分かりました、なんて言えねーべ。

サブリミナル効果ウンヌン言ってたって、そりゃ、言えねーべ。



マスウラ
「どう?」



って・・・。

あっさり、どう?って言われても…。

つーか、無理。

どう考えても無理。

当たり前のように無理。

無理、無理、無理、無理、無理、無理…。

だって、あのマンションが月6万円なワケないだろ!

大体6万だったら、俺が借りるわ!!

それに敷金500万円ってのと、期間の定め無しって、

明らかにおかしいだろ?怪しいだろ?

オマエの頭ん中は、一体どーなってるんだ!?

どこをどう考えたら、家賃がそうなるんだ?

オマエの頭ん中は、こんな感じか???



パチパチパチパチ−。

萩原流行&秋野暢子のトーカ堂テレショップスペシャル !!

萩原流行
「今回の商品は、都心のマンション3LDKのお家賃です」

秋野暢子
「もう、都心中の都心ですから。かなりお高いんでしょうね」

萩原流行
「そうそう、普通に考えてこれ位の広さだと−、幾らです?」

北さん
「ハイ…、月々40万円はします…(消え入りそうな声で)」

客席のおばさん達
「うわー、高ーい(ざわざわ)」

秋野暢子
「それじゃあ、私達に手が出ませんよー」

萩原流行
「何とかして下さいよ、北さん!」

北さん
「ハイ…(消え入りそうな声)」

萩原流行
「それじゃあ、北さん、幾らなんですか?」

北さん
「ハイ…、今回、6万円でご提供しようかと…(消え入りそうな声で)」

客席のおばさん達
「えーーーーー!!!!(拍手)」

萩原流行
「通常価格より34万円も安くなってるんですかー!?」

秋野暢子
「えー、北さん、こんな値段で大丈夫なんですぁ?」

北さん
「ハイ…、なんとか…(消え入りそうな声で)」

秋野暢子
「でも、それだけじゃないんですよね?」

北さん
「ハイ…、今回は敷金500万円と−」

客席のおばさん達
「うんうん…」

北さん
「期間の定め無しをつけちゃいます…(消え入りそうな声で)」

萩原流行&秋野暢子
「えーーーーーー!!!!!」

客席のおばさん達
「うひょおおおおおおおおおお!!!(大拍手)」

萩原流行
「さっすが、北さん!」

北さん
「ハイ…、もう頑張りました…(消え入りそうな声で)」

萩原流行
「北さん、マンセー!!」

秋野暢子
「北さん、マンセー!!」

客のおばさん達
「マンセー!マンセー!マンセー!(総立ち)」



って、テレビショッピングネタするにしても、

ジャパネットたかたじゃなくて、トーカ堂かよっ!!

マニアックだぞ、俺!!



かすれた声で囁(ささや)くかの如き、呟(つぶや)きを発する。



ワタシ
「無理…」



そりゃ、そーだろ。

普通に考えて。

人として。

だが、ワタシの心の叫びとも言える言葉を、

マスウラは自分の言っていることはさも正当だと言わんばかりに、

ダミ声を枯らし、一喝した。



マスウラ
「無理じゃないよ!!

何度も言ってるけど、

お宅らはA子さんが住んでいると分かった上で、

競売に参加したワケなんだから!!」




こう言いのけた後、ワタシの返答など聞くことなく、

マスウラは、そういうワケだから、と一言を残し、電話を切った。

最初から最後まで、自分の言いたいことだけ言いやがって。



さっきまでは、爽やかな朝だったのに−。

ワタシは敗北感をいっぱいに感じ、

そして社長に電話の内容を報告しなければならないと思うと、

またもや憂鬱になるのであった…。


…続く。

 

2003.11.02 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十四話− マスウラがやって来た!の話し。



憂鬱(ゆううつ)な朝だ−。



さっきまで、爽やかな朝だったのに。

ビューティフル・サンデーだったのに…。



♪さわやかーなぁ にちよぉー



小躍りして、唄いたいところだったのにさ。

それはもう、爽やかな歌声で。

って、日曜日じゃないんだけどさ。

木曜日なんだけどさ。



だけど、今は憂鬱な朝なんだ。



ああ、今だったら、毎日が日曜日の生活でもいいかな、と思える。

むしろ、そういった生活に憧れをもってしまう。

毎日毎日毎日毎日毎日…、

「笑っていいとも」の名曲『ウキウキWatching』を聞きつつ、

毎日毎日毎日毎日毎日、目覚めはタモリ。

テレビショッキング前にチャネルを「おもいっきりテレビ」に変え、

みのもんたをBGMにしつつ、朝昼兼用の飯を食う。

「よもぎ茶はダイエットに効果てきめん!お嬢さん」てのを眺め、

添加物過剰のハンバーガーを糖分の塊であるコーラで流し込む。

健康志向の番組を見ながら、不健康な飯を食った後はアレだ。

南向きなのに、密接してマンションが建っている為、

一日中、陽が入ることのない四畳半の和室の片隅で体育座りだ。

ワタシは体育座りをしながら、ひたすら生と死について考える。



人は何故生まれ、何故死ぬのか−。



人類永遠のテーマを、ただそれだけ日がな一日考える。

苦行である。

だが続ける内に苦行はいつしか恍惚(こうこつ)となり、

無上の快楽となるのだ!

…のだ!のだ!のだ!のだ!(エコー効果)



ああ、ヒキコモリになりたい。

ワタシはヒッキーになりたい。

そして街でばったり出会った昔の友人に、

今何やってるの?と訊かれたら、

こう答えてやるんだ! 



「俺ってヒキコモリなんだゼー!BROADBAND!!」



ちょっとHIPHOP気味に。



多分、会社員だか公務員だかの友達はひくだろうな。

「お互い大変だな」なんて言葉を濁(にご)しつつ、

伏目がちになるんだろうけど、ワタシは友の顔を両手で持ち上げ、

再度こう言ってやるんだ!



「俺ってヒキコモリなんだゼー!Yahoo!BB!!」



ちょっとHIPHOP気味に。



ますます困惑の度を深めていく友達。

その目にはあたかも負け犬が映っているかの如く−。

自分より格下の相手に対する優越感と憐憫の情が入り混じる、

暗い眼差しをワタシにただただ向け続けるのであった…。



ああ、また鬱(うつ)展開だ−。



それもこれも、さっきの電話のせい−、マスウラのせいだ。

マスウラは自分の主張を一方的に言い伝え、電話を切ったのだが、

その主張をワタシひとりの胸に留めいていくわけにもいかず、

電話の後、ワタシは意を決してその件を社長に報告した。

マスウラは、かくかくしかじか、こんなこと言ってるんですよー。

ふんふんと聞いていたワタシの雇い主であったが、

話が進むに比例して、次第に表情が険しくなり−。




…案の定、怒られた。




そして一時間に渡る怒りの時間は過ぎ、ようやく解放された。



憂鬱な朝だ。



ワタシは自分の席に戻り、次なる展開を考える。

そんなにワタシの電話対応おかしかったか。

確かに、相手の言い分を一方的に聞いていたのが、悪かったか…。

そうだよな、その通りだよな。

でも、なあ…。

今後どの様に対処すればよいのであろうか…。



ワタシがあれこれ悩んでいる時、机にある内線のベルが鳴った。

今、ワタシ宛てにお客さんが来ている、と内線先の社員は言った。

ワタシを訪ねて来た、お客さん?

大体、ワタシはこの会社に着てから、別に営業した訳でもなし、

お客さんという間柄と言える様な人と出会ってはいないハズだが…。

何だが嫌な予感がしたのではあるが−。

とにかく、お客さんとやらをそのまま待たせる訳にもいかない。

ワタシは、お客さんのいるフロアへと向かった。



会社のエントランスには、ひとりの男が居た。

五十絡みの、ヤブ睨(にら)みの男。

そして男はワタシの顔を見るやいなや、こう言った。



マスウラです−、と。



憂鬱な朝は、更に憂鬱なものになった…。


…続く。

 

2003.11.03 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十五話− 対決!謎のコンサルタント!




マスウラです−。



応接セットに深く腰を掛け、その男は改めて自己紹介した。

彼は、ワタシが占有者A子に向けた手紙の送信元住所を訪ね、

今ここにやって来たというワケだろう。

五十絡みの、ヤブ睨(にら)みの小男が差し出す名刺には、

こう記載されていた。



    R&R コンサルタンツ 株式会社

    常務取締役 鱒浦 英吉




社章であろうか、名刺の左上に鷹のマークがついていた。

鷹が右横を向いている、そういった社章だ。

ワタシはテーブルに受け取った名刺を置いた。



それにしても−。

ワタシはテーブルに置いた名刺を見、思った。

この会社名のR&Rって、何だよ?

ロックンロール?

このオッサンは、ロックンローラーかよ!?

昼は常務、夜はロックンローラー!

今夜もオイラは全開バリバリだぜぇー!!

ワタシは目の前にいる、ヤブ睨みでダブルのスーツの小男が、

少ない髪を無理矢理金髪にして立ち上げ、髪がないところには、

頭の地肌に金箔を塗りつけた上に、

上半身裸にタオルを首に掛けている姿を想像した。

もちろん、タオルには「E.YAZAWA」!



えーいちゃんっ、えーいちゃんっ、えーいちゃんっ!!



赤白をはじめ、色とりどりの特攻服で客席は埋め尽くされている。

そんな中の、エイちゃんコール!

もうエイちゃんこと、鱒浦英吉は汗をダラダラとかきつつ、

客席からの声援に応え−。



−ああ、また妄想の世界に入り込むところだった。

って、すでに入り込んじゃってるんだけどさ。

ま、いいや。

とりあえずこの件に触れるのはやめておこう。

ここでまた社名に関する歴史みたいなのを語られても、

ワケ分からんからな。

ただここにこのオッサンがいる、ただそれだけで、

いっぱいいっぱいだし…。

社名に疑問を持ちつつも、彼に遅れ、名刺を両手で渡した。

追い出し屋Gです、と。

マスウラは、片手でそれを素っ気無く受け取る。

そして、無造作に応接セットのテーブルにそれを置いた。



今振り返ると、その名刺の差し出し方といった細かい部分で、

すでに勝負が決していたのだと思う。

相手が常務だが何だか知らんが、所詮は敵対する相手なのだし、

少なくとも自分の倍は生きてそうだが、歳だって関係ない。

まあ、相手に対する最低限の礼節は持っていないといけないが。

今のワタシなら、そういった心構えが出来ている。

もっとも心構えがあったところで、全部が全部の交渉がすべて、

滞りなく上手く進むといったことではないが、

ただ最初からうろたえるといったことはないだろう。



たがこの場のワタシは、違っていた。

今、ウチの社長は外出中だし、他の社員は他部署の人間ばかりで、

自分の部署の人間はいない。

よって、相手に対処するべき人間は、今、ワタシしかいないのだ。

こうやって面と向かっての交渉の場というのは、

相手が不動産を売買する客だったら、幾らかの経験があるが、

目の前にいる人間は、客ではなく利害が対立する人間だ。

こんな人間を対面するなんてこと、今までに経験したことが無い。

ワタシは、奇襲するかの如く登場したマスウラを、

自分ひとりで対処しなければならないという、

そのことだけで頭がいっぱいだった。

うろたえていた。

動揺していた。



そのワタシのあからさまな動揺が手に取る様に分かったのだろう。



マスウラ
「ワタシはコンサルタントをやってて、A子さんの知り合いなのですが、

今日、ここに来たのは言うまでもありません」



マスウラはうっすらと笑みを唇にたたえつつ、口火を切った。



マスウラ
「先程の賃貸借契約の件だけれども−」



憂鬱な朝は、これからが本番の様だった…。


…続く。

 

2003.11.05 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十六話− 
 激闘! 追い出し屋G VS 謎のコンサルタント! 




ワタシの目の前に小男が座っている−。

コンサルタントを自称する、マスウラなる男だ。

マスウラは応接セットのソファに更に深く腰掛けた。



マスウラ
「先程の賃貸借契約の件だけれども−」



マスウラは唇に薄っすらと笑みをたたえながら、ワタシに言った。

それはもう、人を小馬鹿にした感じで−。

彼の表情たるや、非常に憎々しい限りだ。

どこからどう見ても、腹立たしい存在であるマスウラ。

唇に薄っすらと笑みをたたえるのと同じく、

彼は薄っすらと薄い髪の毛をポマードで撫でつけていた。

蛍光灯に照らされて、彼の頭部はテカテカと光っている。

そんな光景を直視していたワタシの頭の中は、

何の脈絡もないセリフの洪水で溢れ、満たされた。




うーん、マンダム。


うーん、マンダム。


うーん、マンダム。




マスウラ
「ん?何かおかしい?」



先程から、彼の頭皮にばかり目が行っているワタシに対し、

マスウラは怪訝そうな表情を浮かべ、尋ねて来た。

返答として、まさか、髪の毛がほとんど無いのに、

ポマードをベッタリつけてるのが面白いんだよ、とは言えず、

「いえ、なんでもないです」と言葉を濁した。



思ったことを、はっきりと相手に伝えることが出来ない−。

こんな時、人間は非常にストレスが溜まる。

言いたいことがあったら、やはりその時に言わないと駄目だ。

今の状況は、一方的にワタシが追い詰められている、

決して余裕のある状態ではない。

だけれども、そんな状況下にあっても−。

ワタシは彼に言いたかった。

問い掛けたかった。



そんなに髪の毛が大事か、と。

そんなに髪の毛の量を多く見せたいか、と。

そんなに髪の毛に愛着があるのか、と。

そんなに髪の毛が愛しいのか、と。




そして、ワタシは彼の肩をポンと叩き、こう呟(つぶや)くのだ。



無駄な抵抗はよしなよ、と。

ああ、泣いてもいいんだよ。

好きなだけ、泣きなさい。




…と、変な所でマスウラに憐憫(れんびん)なのか、

同情なのか分からない感情を持ったワタシであったが−。



マスウラ
「まあ、いいや。とにかく、とにかくだ。

今日は、書類を持ってきたので、これにハンコ押して下さい」



…などと、富士急ハイランドのドドンパよりも速い、

ジェットコースター・ムービー的展開を急かす彼に対し、

ワタシの憐憫の情など、即時即刻に吹っ飛んだ。



何だよ、その書類って!

何だよ、ハンコ押せってのは!

何だよ、このポマード男は!!

この業界の素人かもしれんが、流石に俺にだって、

この契約云々ってのは、


おかしいだろ、おかしいだろ、おかしすぎるだろ!?


などと連呼したくなる位おかしいことだってのは、分かるぞ!



だが、そんなワタシの心情などお構いなしに、

マスウラは話し続ける。



マスウラ
「あー、これは、大した書類じゃないから−。

ただの賃貸の同意書だし」



ただの同意書って、そんな簡単に言われても。

つーか、何だよ、賃貸同意書って!

同意って一体何に同意するんだよ!?

あまりにも飛び過ぎているマスウラの発言に、

ワタシは動揺を隠すことが出来ず−。



ワタシ
「あのお、マスウラさん、同意書ってのは一体…」



ワタシが声に出せたのは、これだけで、

それが精一杯の言葉であった。

とても、もどかしい。



マスウラはと言えば、自分が言っていることは、

さも当然である、正しいことであるといった風に言い返す。

ムズ痒さを伴う、もどかしさを感じるワタシのことなど、

全く意に介していないようだ。



マスウラ
「同意書は同意書だよ。

お互いに、後々の遺恨を残さないようする為の書類だよ。

そんなことも分からないの!?」



マスウラは、ワタシを馬鹿するように一段と声を張り上げた。

何でここまで偉そうに発言できるのかと、

問い詰めたくなるほど、偉そうだ。

本当に、ふてぶてしい顔をしている、このポマード男めが!



ワタシ
「…といいますか、遺恨といっても、なんですか、

どういう内容かも分からないのに、ハンコだ何だの、

と言われてもお答えしようがないじゃないですか」



ワタシは極めて正論過ぎる正論を吐いた。

しかし彼にはそんな当たり前の正論など通用しない様だ。



マスウラ
「だから、さっきの電話で言ったでしょ?賃貸借契約の内容。

ちゃんと聞いてなかったの?」


ワタシ
「き、聞いてましたよ。

だけど、さっき電話で言ってた内容は、おかしいじゃないですか」



彼の言っていた内容とは、こうだ。

都心の都心にある、築浅の80uを超える3LDKのマンションを、

月々の家賃6万円、敷金500万円、更新期間の定めなし、

といった尋常では考えられない、異常な条件である。



マスウラ
「だから、その内容で賃貸の契約を今現在、結んでいるワケだから、

しょうがないでしょ。これを守ってもらわないと−」



同意書なる書類をワタシに提示しながら言った。

ますます勢いとボルテージが洋々と上がっていくポマード男。

それに反比例するが如く、ますます頭が痛くて頭痛がする、

追い出し屋Gであった…。


…続く。

 

2003.11.06 木曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十七話− 
 死闘! 追い出し屋G VS 謎のコンサルタント! 




ポマードをベッタリつけた小男−。

マスウラが書類を右手でひらひらさせ、ツバを飛ばしながら言った。



マスウラ
「だから、その内容で賃貸の契約を今現在、

結んでいるワケだから、しょうがないでしょ。

これを守ってもらわないと−」



ワタシは、形ばかりの抵抗を見せる。



ワタシ
「いや、でも…」



マスウラの話しぶりに、ワタシはたじたじだ。

電話で話していた時には、直接的な表現こそなかったものの、

少なくともマスウラに対する怒りや憤りといったもののが、

心の中で渦巻いていた。

感情が吹き荒れていた。



それが今はどうだ?

マスウラと対面してから、ほんの時間も経たないうちに、

攻撃的な感情など、消え失せた。

後に残ったものと言えば−。



困惑。

不安。

焦燥。

そして、虚無−。



相手を目の前にしているとはいえ、

たかだかヤブ睨みの小さいおっさん一人と対面しているだけなのに、

彼に対して動揺を隠すことすら、出来なかった。

怒り感情すら持てない程、ワタシは聴牌(てんぱ)っていたのだ。



ワタシ
「やはりその条件では厳しいかと…」



だが、ワタシの言葉はマスウラのダミ声によって、すぐかき消された。

マスウラは大げさに首を振り、両手を使いやれやれのジェスチャー。



オマエは、陽気なアメリカ人か!?



そんなワタシのささやかなる心のツッコミなど、

マスウラには関係ない。



マスウラ
「だからねー。もうこれ以上喋りたくないのよ、俺は。

ここにさ、こうやって、俺がこの合意書持ってきたワケだからさ。

これ読んで、ポンとハンコを快く押してくれれば、アレだよ。

お互い気持ちよくなるんじゃないの?」



自分勝手な理論だ。

いや、こんなの理論でも何でもない。

無茶苦茶だ。



マスウラ
「あのね、追い出し屋Gさんだっけ?

まだお宅も若いから、この業界について分かってないだろうけど。

俺なんかの年になると、よーく分かってるわけだよ。

不動産業界とかさ。

だから、こうやって俺が出てきて、頭下げてるワケじゃない?」



何が何だか分からない−。


ワタシは混乱していた。

マスウラの押しの強さ、強引さに惑わされていた。

ワタシは、物事の本質を見失っていく。

目は虚(うつ)ろになり、頭の中は真っ白になるようだった。

未だかつて、このような状態に巡り逢っただろうか。



−思い出した。



そういえば、入学試験の時、本命の大学の英語のテストで、

頭の中が無になり、長文が全く読めなくなったっけ。

いや、途中までは内容が読めたのだ。

確か、トムが田舎に行って、ザリガニ釣るんだよな。

大きな大きな、アメリカザリガニ。

まあ、トムだけにな。

ザリガニを釣ったトムは家に帰る途中−。

そこからだ、読めなくなったのは。

未だにふと、思う。




トムはどうしたんだ、トムは!?




そうだな、それ以来か−。



ああ、どこか遠い世界に行ってしまいたい…。

ああ、誰もいない、どこか遠くへ−。

ワタシの意識はうつろになっていった。


…続く。

 

2003.11.07 金曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十八話− 
 烈闘! 追い出し屋G VS 謎のコンサルタント! 




頭は濛々(もうもう)とし、意識はうつろになっていく−。



ここはどこ?

ワタシは誰?

ワタシは、記憶喪失になった。



…いや、違うか。

ワタシは、記憶喪失になりたいのだ。

記憶喪失になって、この場から逃げ出したいのだ。


だが、現実はワタシの目の前に突きつけられている。

目の前には、マスウラがいる。

マスウラがソファにだらしなく、座っている。



−ここから逃げ出したい。



ワタシは何か話しているマスウラのことなど見向きもせず、

「それではドロンさせてもらいます」と言い残し、

小走りで帰ってしまおうかと思ったりもしたが、

この話し合いの場は、マスウラの会社ではなく、

ワタシの勤めている会社だ。

逃げられるワケがない。

そんなことやったら、速攻クビだ。

まあ、最初から今の会社が骨を埋める会社とは思っていないが、

転職間もなくクビになるようだったら、他の会社でも使えない人間だ、

と思われること必至だろう。

とりあえず、それだけは避けたい。

ワタシにも、最低限のプライドがあるのだ。



複雑な思いに打ちひしがれているワタシと対照的に、

マスウラは元気に話し続ける。



マスウラ
「なんかさー。

俺の言ってることわからない?

しゃあねーなー。

じゃあ、俺がこの合意書の中身を読み上げてやるよ」



先程まで片手でひらひらとさせていた合意書をテーブルの上におく。

もう合意書はヨレヨレだ。

マスウラは、ヨレヨレになった合意書を手で伸ばし、

読み上げ始めた。

その内容は、もう話すまでもないだろう。

例の契約内容−月額家賃6万円、敷金500万円、更新期限の定めなし、

を買受人が所有権を移した後も合意する、そんな内容だ。

フツーに考えて、常識外の無茶苦茶な内容。

そんな内容をマスウラは、至るところで漢字を読み間違えながら、

音読し続けている。



さて、一連のマスウラの話の流れについて−。

多少でも競売について知っている読者であれば、

今までマスウラの発言が、いかに無茶で無謀で無体であり、

ただの言い掛かりに過ぎない、とすぐ分かるであろう。

こんな条件を継ぐことなどあり得もしない。

何の根拠もない、ただの屁理屈だ。

また読者の中には、ワタシのヘタレな展開の限りに、



何やってるんだよ、追い出し屋G!

何でマスウラなんてヤローに、負けてるんだよ!

オマエなんか追い出し屋じゃなくて、追い出され屋じゃねえかっ!




…と、非常に歯痒(がゆ)く思われている方もいるかもしれない。

確かにその通りだ。

言い返す言葉など、全くない。

面目ない。

って、別にそこまで謝る必要はないけど。

もっとも当時のワタシが素人に毛が生えた程度であるといっても、

仮にもワタシは競売業者に従事している人間だ。

冷静に考えれば、彼のいうことなど全くもって耳を貸すべきことでなく、

一笑に付すべき事柄だということくらいは分かったハズだ。

分かったハズなのに−。



マスウラは最後まで同意書を読み上げ、

そして、ワタシの顔を覗き込み、言った。



マスウラ
「…というワケ。

分かった?

もちろん分かったよね?」


ワタシ
「…はぁ」




何、納得してるんだよ!!

ダメじゃん、俺!!





マスウラの話にまんまと言い包められてしまった、ワタシ。

ますます、ヘタレの体(てい)を成していく、追い出し屋Gであった…。


…続く。

 

2003.11.08 土曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第二十九話− 
 謎のコンサルタントと一休さんのトンチの巻。




マスウラの、トンデモ理論的発言に対して、

何もなすすべがない、追い出し屋G!

さあ、追い出し屋Gの反撃なるか!?



マスウラ
「俺の言うことは簡単なことだよ。

じゃあ、さすがに俺もさっき詳しく説明したから、

追い出し屋Gさんは、この同意書の内容が分かったよね?」


ワタシ
「はあ…、はい」




ダメじゃん!

反撃以前の問題じゃん!


全面降伏じゃん!!



マスウラはワタシの返答に満足したのだろう、

うんうんと深く頷(うなず)き、早口で一気に言った。



マスウラ
「それじゃあ、合意書をおいていくから、もう一枚コピーして、

それでもって、ここに代表者の署名捺印と、割印をお願い。

それをこの名刺の住所に郵送してよ!」



ワタシはその勢いに圧倒されるが如く、「はあ」とだけ言った。

本来だったら「そんなのは無理」と突っぱねるべきところを、

何も答える気力がない、戦意がないといったところか。



そしてマスウラは、やおら立ち上がり、

「まあ、そういうことで」とだけ言い残し、立ち去ったのであった。

その後にワタシは何も言葉を続けることが出来ず、

ワタシはその背中を見守るだけが精一杯であった。



…こうして、追い出し屋Gと謎のコンサルタント・マスウラとの、

初対面にして初対決はこうして幕を閉じた。



まさしく、追い出し屋Gの完敗だった…。

かんぱーい。

って、なんか喜んでるみたいだな。



敗北を帰したワタシに残ったものといえば、

ただひとつ、紙切れ一枚だけであった。

ワタシは手元にある書類を見つめた。

ヨレヨレの合意書。

何をどう合意すればいいのだか、


♪わからんちんのとんちきちん、とんちんかんちん一休さん


なのだが、その紙が私の手元にあるのは、現実だ。

その事実から、逃れることなど出来ない。



何故か、その時、ワタシの頭の中では、BGMとして、

アニメ「一休さん」のオープニングが流れていた。



セリフ「いっきゅうさ〜ん」

セリフ「は〜い!」

♪好き好き好き好き好きぃ好き あ・い・し・てーるぅ

♪好き好き好き好き好きぃ好き 一休さ〜ん

(この部分のみ、ずっとリピート)




文部省推薦アニメで、お母さんも安心でござるな、一休殿!



もっとも「ジョーズのテーマ」なんかがBGMだったら、

緊迫感を煽るシーンとしては最適なんだろうが、

実際にそんなテーマが頭の中に流れたら、

何も出来ない程、それこそ何も考えられない程、

聴牌(てんぱ)ってしまうこと請け合いだ。



現実は現実、だ。

ここでワタシも一休さんバリのトンチを見せないと−。

そう、今この現状を打破するような、画期的なトンチを!!



「この橋、渡るべからず」

「一休殿、そのまま、橋を渡ってしまいいいのでござるか?」

「いいんですよ、新右衛門さん!

私は端(はし)ではなく、橋の真ん中を渡っている訳ですから」

「成る程でござるな、一休殿!さすが一休殿!一休殿マンセー!」



みたいな、トンチの限りを尽くさねばっ!!



…って。




何も思いつかないでござるよ、

一休殿!(TДT)





そんなことをしている合間に−。

あ、ウチの社長が戻ってきたみたいだって!?



−ワタシは、この世からドロンしたくなった。


…続く。

 

2003.11.09 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十話− 
 悩み多き人生、それが青春だ!の巻。




ウチの社長が、戻ってきたようだ−。



今さっきまで、マスウラと話をしていたソファに腰掛けたまま、

ワタシは気が抜けた温(ぬる)い炭酸飲料みたいに、ボーっとしていた。



精も根も尽き果てたよ、ママン!

何もする気が起きないよ、パパン!

どうしよう、どうしようか、グランパ!



くわっぱ!



…でもなあ。

何と言っても、こちらは仕事量と質に比較して、

多いのか少ないのかは脇においといても、会社から給料貰ってる身。

小学生みたいに、「いやあ、参っちゃいましたよ、ははは…」

なんてことを言って許されるワケがない。

嗚呼、雇われ人の身の辛さよ。

悲しき哉(かな)、悲しき哉(かな)。

マスウラとの顛末(てんまつ)を話さないとなあ。

どう報告するか…。



−コンコン(ノックの音)

失礼しまーす。

追い出し屋Gでーす。

えー、早速ですが報告しまーす。

えっとですね、まずなんですけど。

あ、マズーじゃないですよ、別に不味(まず)くないですから。

って、どうでもいいですね、そんなこと。

コンサルタント会社のマスウラさんという方が、ウチに来ました。

来社ってヤツですね、来社。

なんかすごいポマードで髪の毛がバリバリになってまして。

…といっても、肝心な髪の毛がほとんどないんですけどね。

どうでもいい話。

んで、ワタシと話しました。

その内容ですが、要は例のマンションの賃貸借契約に関して、

近代稀(まれ)に見る、アホな契約を引き継いでくれと。

それに合意してくれと。

まあ、そんなことです。

笑っちゃいますよね。

月々の家賃6万円ですよ。

おまけに敷金500万円もつけちゃう、ですって。

これも金利手数料はジャパネットたかたの負担なんですかね?

なーんちゃって。

あははっ…って、面白くないですか?

あ、全然面白くない?むしろ不愉快?

そうですかあ、面白いと思ったんですがねえ。

えー、それではお話しを元に戻しまして。

で、これがその契約を引き継ぐ同意書なんですけど−。

え、ワタシですか?

ワタシは、あの、相手の勢いに思わず圧倒されてしまい、

ただただこの書面を受け取っちゃいましたよ。

あははは…。




…って。



瞬殺されるな、確実に…。




この同意書、そのまま捨てちゃうか。

最初からなかったことにするか。

証拠隠滅ってな感じ。

それはそれで、マズイか。

何かの拍子でバレたら−。

マズイよなあ…。

どうしようかなあ・・・。



悩み多き人生真っ只中である、追い出し屋Gの、

目下のところの最大の悩みはそんなところであった−。


…続く。

 

2003.11.11 火曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十一話− 
 風雲、急を告げるかも?嵐の前の静けさ…の巻。




−気が重かった。

重過ぎる程、重かった。

その重さといったら、今まで経験したことがないような。

例えるなら自分の肩にキング・ザ・100トンが乗っている、

といったところか。

どうでもいいことだけど、

キング・ザ・100トンはマリポーサチームだったよな。

バッファローマンは、ミート君、バラバラにしてるし。

って、それは悪魔超人編だったな。

ああ、懐かしのキン肉マン。

ワタシには寸分たりとも心に余裕がないくせに、

牛丼一筋三百年だなあ、と無駄なことを思いつつ、

ワタシはキン肉スグルに想いを馳せていた。



…って。



何故ゆえにキン肉スグル?



ワタシは先程のマスウラとの件を報告するために、社長室にいた。

外出先から戻ってきた社長は、マホガニーの机に陣取り、

ふんふんと鼻歌を歌いながら、ゴルフクラブを磨いていた。

磨き抜かれたクラブのヘッドはピカピカと輝いている。

しかし、クラブは光っていても、ワタシの心はドンより曇っていた。



「まあ、座れや」と社長は応接セットのソファに座るよう、私を促した。

ワタシは「あっ、はい」と小声でいい、促されるままソファに腰掛ける。

ソファに腰掛けるといっても、ゆったりと深く腰掛けるのではなく、

背中を伸ばしたままで、こじんまりと浅くワタシはソファに座った。

体に負担の掛かる、非常に疲れる体勢だ。



それ以上に、心が疲れる。

重い重い心−。

ワタシは、心の重圧に押し潰されそうになった。

いや、どうせだったら。

むしろクッション材のプチプチの様に、プチっと押し潰されたい。

圧縮されたい。

って、本当に人が前触れも前バリもなく、いきなり押し潰されたら、

それこそ特命リサーチ200Xで「怪奇!人体圧縮現象の謎を追え!!」

なんて感じで特集組まれちゃうな。

「人体圧縮は誰の身にも起こりえる現象だ!」などと煽られて、

んでもって、最後は、こうだ。

「人体圧縮現象は、なんとプラズマで起こるのだ!!」

みたいなオチで頼むよ、マスター!



…って。



誰だよ、マスターって!!

それ以前に、何でもプラズマでOKかよっ!!




社長は、クラブを磨きながらワタシに言った。




社長

「まあ、リラックスしろや」



リラックスしろと言われても、どこをどうリラックスするのか。

ただ何のリアクションも取らないのも変なので、曖昧に笑っておく。



それにしても−。

ワタシは気が重いだけでなく、気分が悪くなっていった。

ますますピリピリと緊張感が走ってくる。

ワタシは張り詰めた空気に圧迫されていった。




ぎもぢわりぃぃぃ。




報告のことを考えると、ワタシは更に気持ち悪くなった。

あの−。

ワタシは対面している上司に向かって思わず、

「あの、気持ち悪いんで吐いて来てもいいですか?」

と言いたくなったが、そんな発言は社会人として、いやそれ以前に人として、

如何(いかが)なものか思ったワタシは、言葉を押し殺した。

その代わり、「あの、そのクラブ、いいクラブですねえ」なんて、

ゴルフをやったこともないし興味もないのに、

そんなお愛想を振りまいた。

そんな自分が少し嫌になった。



ああ、逃げ出したい。



もし仮に学生だったら、多少の困難があっただけで、

逃げ出していたな、とふと思った。

社会人って、辛いね、本当。

翻って考えるに、学生はどうだ。

親に保護され、責任はなく−。

それこそ、砂糖一キロと蜂蜜一リットルをドボドボと流し込んで作った、

生クリームたっぷりのショートケーキみたいな甘ったるい学生生活。

そんな甘い甘い生活を送っていたな、とつくづく実感した。

だが、目の前にあるのは現実だけだ。

そしてワタシは社会人。

甘い生活など、それは学生時代までだ。

そんなこと位、心の中では分かってはいるのだが…。



−社長室は静かだった。

それはあたかも嵐の前の静けさを予見させるものであった…。


…続く。

 

2003.11.12 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十二話− 
 カツオ大作戦、始動!そして…の巻。




午後一番、うららかな秋晴れの陽が差し込む社長室にて。

ワタシは、雇い主である社長と対面していた。



あくまでも対面であって、対決しているわけではない。

従って、お互い敵意をもって、どうこうというワケではない。

そういうワケではないのだが−。

ワタシは占有者やらその代理人といった、

明らかに利害関係が相対する人間と対峙するより、

自分のところの社長と対面している方が、

ずっと緊張感を強いられた。

ワタシの額からは、ダラダラと脂(あぶら)っぽい汗が垂れ流れ、

頭の中がジンジンと痺(しび)れる様な感覚が走っていた。



時間よ止まれ−。



あまりにひりひりとする緊張感から、ワタシはそう思った。

本当に時が止まってしまうのなら、歌ってやってもいいぞ。


♪時間よー、とまれー


って、よくよく考えたら、いや、よくよく考えなくても、

今のこんな瞬間で時が止まってしまう方が凄く嫌だと気がついたので、

「時間よ止まれ」ってのは即、訂正。

「時間よ早く流れろ」に変更。

早く時間が経ってもらいたい…。



そんなワタシの気持ちなど露知らず、

「で、なんだ?」とワタシの上司は聞いて来た。

それはそうだろう。

ワタシは報告がありますといって、

社長の所に来ているのにも関わらず、

まだ一切何も報告していないのだから。

ワタシが逆の立場だったとしても、

「んで、オマエ何しに来たんだ?」と聞くことは間違いない。

ワタシに報告を促しつつ、社長の手はクラブを磨き続けていた。

そして時折、クラブのグリップを握っていた。

その表情は、秋晴れの空の様に、晴れやかだった。



社長の表情は、晴れやかだった−。



おや、とワタシは思った。

社長はいつも機嫌が悪そうなのだが、今日は普段とは違う。

笑顔を見せているのだ。



もしかして−。

いや、もしかしなくても−。

社長は−、社長は今、機嫌が良いのかも?




機嫌が良いんだ!!

機嫌が良いんだ!!



機嫌が良いんだ!!




ワタシの中で、機嫌が良いコールが鳴り響く。



−ワタシは少し、救われた想いがした。

と同時に、ワタシは今がチャンスだ、とも思った。



唐突だが、例えばカツオが波平の大切な盆栽を落として割るとする。

じゃあ、カツオはどうするかといったら、

しばらくは何事もないかの如く、しらばっくれているものの、

波平が駅前のおでん屋で一杯引っ掛けて、

いい気分になっている頃合を見計らって、作戦開始。

帰宅した波平に対し、カツオは風呂で背中を流したり、

タオルを渡したり、湯上りにビールやつまみを持ってきたりと、

波平にサービス三昧した後、畳み掛けるように、こう告白する。

「いやあ、父さん!実は父さんの大切な盆栽を割ってしまって…」

カツオ、盆栽割った件をうやむやにすることに成功!みたいな。



よし、これだ!!

カツオ大作戦を発動するのは、今しかない!!

やるなら今だ、やるなら今だ。



「で、なんだ?」とワタシの上司は聞いて来た。

眩(まぶ)しいほどの笑顔だ。



ワタシは、今だ今しかない、とばかりに、

マスウラ来社の件を、一気呵成(いっきかせい)に話した。



ワタシ
「きょきょ今日、マスウラがウチの会社に来まして−」



最初は、ヘッドを磨く手を動かしながら

ワタシの話を聞いていた社長であったが、

話が進むに連れてその手が止まった。



そして…。


…続く。

 

2003.11.13 木曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十三話− 
 くどいぞ、カツオ大作戦!その結果は…の巻。




うぬぬぬぬ…。



カツオ大作戦、発動!



ワタシは、自分自身をカツオだと強く思い込み、深く念じた。

カツオだー、カツオだー、カツオだー。



ネエさん、オヤツまだー?

ナカジマー、空き地で野球やろーぜー!

花沢さん、勘弁してよー。

−どうでもいいことだが、どうせ不動産屋に入るのなら、

花沢不動産に入社したいな、なんてポツリと思った。

花沢さんと結婚して、街の不動産屋ライフを送るのも、

なかなか良いんじゃないか、カツオよお?



ワタシ
「カツオ…」



ワタシは意味もなく呟(つぶや)く。

笑顔の社長であったが他人にとってみれば、

意味不明な呟きに、少し怪訝そうな色を見せた。

それはそうだろう。

仕事中に突然「カツオ」なんて言い出す社会人なんて、

どこを探しても普通いない。



よし、大丈夫だ!

何が大丈夫なのかはわからないが、ワタシは大丈夫だと思った。

ワタシはもう、カツオだ。

カツオになりきった、というか、なりきったと思い込んだワタシは、

社長に先だってのマスウラの件を報告し始めた。



ワタシ
「きょきょ今日、マスウラがウチの会社に来まして−」



報告の出だしは、非常にまごついたものであった。

そんな状況に自分で自分をツッコむ。

おいおい、カツオなんだろ、今は!?

カツオだったら、この手の場面でも、ここまでドモったりしないぞ。

ええい、まだカツオ度が足りないかっ!

ワタシは動揺を抑え、更にカツオになりきる為、

カツオの登場シーンを色々と思い浮かべた。

一瞬の間の間の出来事−。

それはあたかも、死ぬ間際に見る走馬灯のように駆け巡る。

って、死ぬのか、俺!?



よし、これでイケるぞ。

ついさっきとは一転して、ヘンに過剰に手ごたえを感じた。

勝利への手ごたえ、だ。



ワタシ
「あー、失礼しました。

先程、例のマンションの代理人と称するマスウラが、

アポなしでウチの会社にやって来まして−」



ワタシは、マスウラとが来社したこと、

そして、マスウラが電話での会話と同じような主張−、

すなわち、「月額家賃6万円」「敷金500万円」「期間更新の定め無し」

の三点セットをウチの会社が認めるよう、

マスウラがワタシに迫ったことを報告した。



ワタシ
「−といったワケです。

まったくもって、フザケてますね。

もうフザケすぎてて、笑っちゃうところでしたよ」



マスウラってヤツは、非常に下らない人間なんですぜ、旦那!

そうワタシはアピールした。

根拠は全くないのだが、それが一番最善の道だと、

ワタシは考えていたのだ。

何故!?



社長はと言えば−。

報告の最初は、クラブのヘッドを磨く手を動かしながら、

フンフンとワタシの話を聞いていた社長が、

話が進むに連れてその手が止まった。

そして右手の人差し指と中指を使い、

キーボードを打つかのように、マホガニーの机をトントン叩き始めた。



社長
「…それで?」



こころもち、社長から笑みが消えたように感じた。



ワタシ
「あ、それでですね。

フザケた態度をとってるなあ、とマスウラはと思いましたけど…」



それで、と問われても、何答えりゃいいんだ?

別にワタシの意見など、ない。

ワタシは、ただ単にマスウラが来て、話をした−、

という事実、それだけを報告しようと思ったまでであって、

その後の対応に関し、上司たる社長に指示を仰ごうと思っていたのだ。

あたかも、カツオが波平に意見を求めるかの如く。



だが、この考えが−、間違っていたようだった。



ワタシ
「あ、それでですね。

今後のマスウラへの対応について社長にお伺いを立てようと、

そう思った次第で…」



ワタシはサラッと言った。

カツオであるワタシは、別に何も思うことはなかった。

だが、ワタシの一連の言葉に対し、

社長は突如…。


…続く。

 

2003.11.15 土曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十四話− 
 社長、大激怒!先程までの笑顔は一体…の巻。




社長は突如、立ち上がり憤怒の表情で、ワタシを睨み付けた。

そして、一喝!



社長
「おい、一体何やってるんだ!!

結局、マスウラだかマスズシだが知らんが、

そんなヤツに、言いたい放題し放題されやがって!」




社長は激昂していた。

それに対し、ワタシは「え、あ…」とだけしか言い様がなかった。

−今までの和やかなムードは一体…!?

今さっきまで笑顔だったやん、リラックスとか言ってたやん!

それなのに、それなのに…。



社長
「なんだ、そのワケの分からない条件は!

どこの世界に、そんな家賃があるんだ!!

そんな家賃だったら、俺が住みたいわ!!」




そりゃそうだ。

家賃たった6万で都心の3LDKに住めるんだったら、

ワタシも住みたいよ…。

だけど、公務員はもっと低い家賃で同じことやってるがな。

腹立たしいこと、この上ない。

だが、そんな公務員宿舎のトンデモ家賃に言及する程、

ワタシに余裕がある訳がなく…。



社長
「オマエは俺がいないと何にも出来ないのか!!」



その手にはゴルフクラブが握られ、

社長が怒りの言葉を出す度に、

ますます強く握り締められていった。

その姿はまさに夜中自宅に侵入した賊に対し、

おらおらオマエは不法侵入しとるんじゃ!

今から不法侵入者であるオマエをこのクラブでブン殴る!

正当防衛じゃっ!!血ぃ流してもらうでぇー!!

といわんばかりであった。

思わずワタシは、ゴルフクラブで殴られるのか?

と身を小さく引いた。



社長
「そのマスズシが訳知り顔でここに来たのも、

その上にそんなフザケタ発言したのも、

全部、オマエが舐められてる結果が出てるだけだ!」




ファンファンファンファン!(赤色灯回転)

緊急車両全車に告ぐ!

傷害事件発生、傷害事件発生!

場所は○○!

至急現場に向かえ!

ファンファンファンファン!(赤色灯回転)



ワタシの頭の中で流血の大惨事−被害者ワタシ−

が展開されたが、さすがにゴルフクラブで殴られ、

流血騒ぎになることはなかった。

だが、それだけだ。

社長が怒っていることには代わらない。

いやでも、そこまで怒らなくてもと思うが…。



ああ、さっきの笑顔は一体…。

笑顔よ、さようなら。

そして怒りよ、こんにちは。

社長の怒りは収まることをしらないようだった…。


…続く。

 

2003.11.16 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十五話− 
 怒りの季節!カツオ大作戦の最後…の巻。




社長の怒りは収まることをしらないようだった…。

怒りに怒りを任せて、怒りの度合いもますますヒートアップ!

恋に恋して、恋しがる乙女がいるように、

ワタシの目前には、怒りに怒りを感じて更に怒りを増す中年男がいた。



社長
「そうだ、舐められてるから、そんな結果になるんだ!!」




「そうだ、舐められてるんだ」って言われても、

そんなこと言われても、どうやって対処していいのか、

分からんのだから、しょーがないじゃん!

…なんて、心の中で思ったりもしたが、

社長の怒りの前にはただただひれ伏すしかなかった。

小心者の、ワタシである。



そうだ!とワタシは気がついた。

カ、カ、カ…。

カツオだったら、どうする!?

ワタシは今、カツオになっているハズじゃないか!!

いきなり豹変した社長の怒りの言葉を浴びたことにより、

そのことをすっかり忘れていた!(ダメじゃん)

さあ、カツオだったら、こんな状況でどうする?

ワタシは冷静になってカツオを思い出そうとした。

が…。



社長
「大体、マスズシがそんなことを言って来たんだったら、

そんなフザケタ話しあるか!と即、追い返せ!!

そんなヤツの話に乗ってるから、こっちが舐められるんだ!」




カ、カ、カ…。

カツオよ、出て来い!!

さあ、早く!!



社長
「だから、ダメなんだ!!」




カ、カ、カ…。

ワタシは、カツオの登場を待っていたが、

未だに登場することはなかった。

早く、出て来い!

出て来てくれー!!



社長は怒りに任せて喋り続けていた。

そして、何かハタと気がついたようだ。

社長が気がついたもの−。

それは、マスウラが持ってきたヨレヨレの合意書だった。

ワタシはそれを手元に置いていたのだ。



社長
「−で、その紙は一体なんだ!?」




マスウラから合意書を受け取っていたことは、

まだ社長に報告していなかった。

このまま、黙っていても社長の怒りに油を注ぐだけだ。

ワタシは、社長の問い掛けに答えようとした。



ワタシ
「え、あ、あの。

これはマスウラが持ってきた合意書でして−」



社長はワタシが答えを言い切る前に−。



社長
「何でこんなもんがここにあるんだ?」




カ、カ、カ…。

カツオー。



社長
「何でこんなもんがあると訊いてるんだ!」





ひいいいいいいいいい!!

ひでぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!





カツオは、死にました。




…って。

カツオ死んじゃったよ、おい!

まだ登場すらしてないのに…。

ワタシの脳裏には、「カツオー、豚肉買って来てー」

というサザエさんの呼び掛けがこだましていた。



−合掌。



トランス状態が解けた今のワタシは、

何も言えず、何も答えることが出来ず、

ただただこの嵐が過ぎるのを待つしか術(すべ)がなかった…。


…続く。

 

2003.11.17 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十六話− 
 沈黙と混乱、そして破られた合意書…の巻。




社長
「何でこんなもんがあると訊いてるんだ!」




ワタシは、何も言えず、何も答えることが出来ず−。

しばしの沈黙−。

ワタシはただただ黙って俯(うつむ)いていた。

しかし、時は黙って過ぎることはない。

この場をダンマリすることで逃れることなど出来ない。

何らかのアクションを、行動を起こさねば…。

ワタシは、ようやく声にもならない声を上げた。



ワタシ
「あ、あ、あ、あのお…。

この同意書は、マスウラから無理やり渡されたモノでして…。

ワタシが進んで貰ったワケでは−」



掠(かす)れた声を振り絞り、ワタシは質問に答えた。

−が、その答えは赤点だったようだ。

社長の落雷がまたもやワタシに直撃した。



社長
「何だ、その無理やり渡されたってのは!

オマエが受け取ったから、

そんなモノがここにあるんだろ!

進んで受け取ったも、ヘチマもあるかっ!」




ワタシは、社長の言葉に痺(しび)れた。

言われてみればもっともなことだ。

ワタシはただ言い訳をしているに過ぎないのだ。

今思うと、全くその通りと思えるのだが、

この時のワタシは、ただただ冷たい雨に濡れて震える、

小鹿のように細かく肩を震わせることしか出来なかった。

何故か、ワタシの頭の中で、お花畑の中、

小鹿のバンビが飛び跳ねているシーンが展開された。



ペーター!



って、ペーターってなんだよ!

強いて言えば、ペーターは羊飼いじゃん!

ああ、アルプスの少女ハイジ。



ワタシ
「す、す、す、すいません。

あの、合意書を受け取ったのは確かにワタシですが、

この同意書に合意してもらいたい、というのがマスウラの希望でして。

それで、最終的に決定権のある社長に見てもらいたい、と。

そんな希望がありまして−」



今、この状況で、社長の目など見ることは出来ない。

俯(うつむ)いたまま、ワタシは震える声を絞った。

だが、またもやワタシは赤点の答えを出したようだった。

−社長は怒りを重ね、それをワタシにぶつけた。



社長
「結局、オマエが受け取ってるんじゃねーか!

無理やり渡されてねぇじゃねーか!」




…追い出し屋Gは混乱した!

そして、更に怒りに怒りを重ね、怒りをぶつける。



社長
「大体、何だよ!

その同意書だか合意書だかってのは!

同意書なら同意書、合意書なら合意書と、

物事はハッキリと正確に言えっ!」




…追い出し屋Gは混乱している。



あのお、マスウラもこの紙切れのこと、

「同意書」といってみたり、「合意書」といってみたり、

両方ごっちゃ混ぜに言ってたんですけど…。

…そんなことを言う寸分の隙間さえ与えられなかった。



社長
「おい、ちゃんと聴いてるのか!?

…とにかく、それを貸せ!」




社長はワタシの手元にあった合意書を右手で鷲掴(わしづか)みにし、

それを両手で丸めたかと思うと、すぐ細かく破り捨てた。

社長室に、ビリビリと、紙の引き千切られる音が響く。

ワタシは合意書の、断末魔の叫びを聞いた。



…追い出し屋Gは混乱している。



…続く。

 

2003.11.18 火曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十七話− 
 合意書の断末魔と紙くずの行方…の巻。




社長室にて。

阿鼻叫喚(あびきょうかん)の宴(うたげ)は続く…。



社長
「おい、ちゃんと聴いてるのか!?

…とにかく、それを貸せ!」




社長はワタシの手元にあった合意書を右手で鷲掴(わしづか)みにし、

それを両手で丸めたかと思うと、すぐ細かく破り捨てた。

社長室に、ビリビリと、紙の引き千切られる音が響く。

まるで楳図かずおが描く登場人物の悲鳴のようだ。



ギャアアアアああああ!!



ワタシは合意書が上げる、そんな断末魔の叫びを聞いた。

そして一緒に断末魔の悲鳴を上げてしまいたい程、

ワタシは混乱に混乱を重ねていた。

恐らく、あともう一押しワタシへの精神的負荷が与えられたら、

極度の混乱のあまり、緊張の糸がぷつりと切れ、

精神が崩壊したかの如く、ケタケタと笑い出したことだろう。

然るに、ヤバイ人一直線である。



そんな情緒不安定さ大爆発中のワタシを尻目に、

社長は、破り捨てた紙くずを両手で更にぐちゃぐちゃに丸め、

憎しみも一緒に投げ捨てるかのように、ゴミ箱へ放り投げた。

合意書の残骸は放物線を描きながら飛んでいたが、

途中で力尽きたのであろう。

それはゴミ箱にホールインワンすることなく、

わずかホンの数センチ手前でバラバラと空中分解した。

細かい紙片が、灰色のタイルカーペットの上に散らばる。

その光景は、あたかも純白の初雪に、

岩肌が覆い被されているようだった。

って、まあ、そんな綺麗なモンでもないけどな、

なんて自分の記述に修正申告してみたり。



紙が散らばる様を見て、社長はチッと舌打ちした。

不機嫌さがすぐ表情に表れた。

険しい顔がますます険しい−。

もし今のワタシがこんな状況に対面したら、

少なくとも心の中でツッコミを入れるだろう。



ってゆーか…。

自分で自分に不機嫌燃料を投下するなっ!!



なんて。

ただ、その状況下のワタシには、

そのようなツッコミを入れる精力も気力も無く−。

丸めた背を更に小さく丸めるしかなかった。



誰のツッコミもなく−。

ナイスショットを逃し、OBを放った社長は、

険しい顔のまま、ワタシに言い放った。



社長
「とにかくだ…。

とにかく、マスズシにこう言っておけ!

こんな失礼な内容があるか!

出直してこい!!」




あの、マスズシじゃなくて、マスウラ…。

出直すもなにも、マスウラはもう帰っちゃったんですけど…。

そんなツッコミすら出来ないワタシ。



社長
「そう、伝えておけ!

電話で、そうだな、電話でいい。

こんなモン!!」



ワタシは俯(うつむ)きながら、小刻みに首を縦に振った。

社長はワタシの怯えきった態度に更に腹立たしさを増したのであろう。

渇を入れるかの如く、声を張り上げ言った。



社長
「分かったか!

分かったんだったら、早く行動に移せ!!」




何とか小声で「はい」と聞き取りにくい音を発したワタシは、

もう一杯一杯の心を抱えつつ、立ち上がった。

ワタシは、燃え尽きていた。

真っ白に−。

真っ白じゃけん。

って、なんで言い換えてるんだよ!!

というツッコミも虚(むな)しくワタシは、放心したまま−。

かといって、そのまま立ち尽くしているのも、

バカみたいだし、全く意味がないので、

「失礼します…」と蚊の鳴くような声を出し、

その場から立ち去ろうとした。



そんなワタシを社長は呼び止め、一言。



社長
「…あ、ちょっと悪いんだけど。

この落ちたゴミ、片付けてくれる?」




…続く。

 

2003.11.19 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十八話− 
 校長先生、話し長すぎです…の巻。




社長室から出たワタシは−。

夏の朝、朝礼中に校庭で倒れる女子のように、

ふらふらとよろけ、所々でロッカーにぶつかりながら歩き歩き、

やっとのことで自分の席に就いた。

もし朝礼時に女子が倒れたら周りのこれまた女子が、

手を挙げ先生を呼ぶだろう。



「センセー!直子ちゃんがブッ倒れましたー!」



だがワタシのいる一角には、他の社員は誰もいない。

皆、外回り中みたいだ。

したがって、先生を呼んでくれる他人などおらず−。

そして、フラフラのワタシは、

たった一言を残し、ワタシは息も絶え絶え倒れ込んだ。



校長、話し長すぎ…。



って、今まで校長なんてキャラ、出てきてねえじゃん!!

今まで話してたの社長じゃん!!

なんて、軽いボケに軽いツッコミを入れてみたりする。

そんな、どうでもいいことは、脇に置いといて。



どうでもいいことついでに−。

フラフラとワタシが歩いている光景を目の当たりにした、

他部署の人間は後日、このように述懐した。



まるで幽霊のようだった−。



そんなことをのたまう他部署の人間に、ワタシはその問いたい。

小一時間問い詰めたい。



オマエは幽霊を見たことあるのか、と。

オマエは幽霊が意気消沈している姿を目前にしたのか、と。

オマエは幽霊がふらふら歩いている姿を目撃したことあるのか、と。



大体、幽霊なんて非科学的なモノがあるか。

というのがワタシの主義思考だったりするが、

幽霊とか怪談話は割と好きだったりするのは、

如何ともし難い事実だ。



あ、そんなこと、どうでもいい?

どうでもいいことばっかで、申し訳ない。

まあ、ワタシの人生自体がどうでもいい存在だから、仕方ないか。

社長室から戻ったばかりのワタシは、

自分自身の存在の無意味さ、

そして自分の人生の無意味さを思い描いていた。

いつもながらであるが、マイナス思考大爆発中のワタシであった。



どうでもいい存在。

どうでもいい人生。

ああ、ホント、どうでもいいよ、人生なんか。



ワタシはそんなことを思い、グデッと席に座っていた。

ダメな存在であり、ダメな人生だ。

マイナス思考は果てしなく続く。

ああ、このまま、夢の中へ−。

甘美なる夢の世界へとまどろんでいき−。




って、ここ会社じゃん!




−と当たり前のことを当たり前の様に思い直す。



寝ちゃダメだ!

寝たら最後、死ぬぞ(ある意味)!




こんなグダグダしている姿なんぞ、

他の同僚に見られたら、なんて思われるか。

ワタシは力を振り絞り、自分で自分の頬を強く叩いた。

意外と強い力であった為、ピシャリと大きな音であった。

まさに入魂のビンタであろう。

ワタシは少し目が覚めた想いがし、

また、少し立ち直った気分になった。

我ながら単純な人間である。



さあさ、電話でも掛けるか。

やんなくちゃならねーべ。

しょうがねーべ。



ワタシは、エイと懇親の力を込め、

受話器を握った。

これから電話を掛ける。

相手は誰だ?

もちろん、目下のところのワタシの敵−マスウラだ。


…続く。

 

2003.11.20 木曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第三十九話− 
 マンション営業残酷物語としおしおのぱあ…の巻。




受話器を握ったはいいものの…。

ワタシの手は止まったまま、

電話を掛けるのを躊躇(ちゅうちょ)していた。



やっぱ嫌だよ、こりゃ。

さっき、やり込められたばかりの相手に電話掛けるのは−。



憂鬱な思いは、少しばかり気合を入れる程度では収まらない。

やる気とまだは言わないが、

空元気を無理矢理出していたワタシであるが、

いざ実行となると途端にヘナヘナ萎(しお)れてしまう。

青菜に塩、ナメクジに塩といったところか。



しおしおのぱあ!



って、しおしおのぱあってどーゆー意味なんだ?



そんなことはさておき。

話をあさっての方向に飛ばしてみる−。



例えば新築マンションの営業で、



オマエらは、アポ取りマッシーンじゃっ!

アポ取れるまで電話掛けて、掛けて、

掛けて、掛けて、掛けまくれ!




なんぞと鬼の顔をした上司から叱責を受け−。

それどころか、言葉だけで言われるだけでなく、

オマエらにはそんな姿がお似合いだと言わんばかりに、

受話器をもった手を、ヒモでグルグル巻きにされ。

ついでに座ったままだとだらけるからと、

直立不動、立ったまま営業電話を掛けろと、

何の根拠も無い理不尽な注文をつけられる。

そして何時間も何時間も電話、電話、電話…。



さあさ、死ぬまで電話しろ!

この使い捨て要員らが!!




ああ、悲しき哉、マンション営業−。



なんていう話は、ホントにある不動産営業残酷物語なのだが、

マスウラのおっさんにやり込められ、

そして社長にトドメの一撃、いや二撃三撃を受けたワタシは、

物理的にヒモでグルグル巻きにされていないだけで、

そんな使い捨てのマンション営業マンのように、

まるで見えないヒモで結ばれているかの如く、

手から受話器が離れなかった。

もっとも受話器を握り締めたまま、固まっているだけで、

彼ら営業マンのように、電話を掛けまくってはいないのだが…。



だからといって、このまま受話器をもったまま、

スタンバってるのも、おかしな話だ。

それにしても−。

果たしてどれくらい時間は経っただろう。

五分?

いや十分?

いづれにせよ、相当な時間が経過したことに変わりはない。



どうしたら、いいんだろう…。



何故だか分からないが、ふとワタシは、



しおしおのぱあ!



と叫びたくなった。

あ、こういう時に使うのか、この言葉って。


…続く。

 

2003.11.22 土曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十話− 
 エセ関西弁のオッサン、ふたたび…の巻。




追い出し屋Gは−。

受話器を右手に持っていたまま、固まっていた。



社長の命令−。

マスズシ野郎ことマスウラに電話を掛け、

そんな尋常じゃない条件なんて呑めるわけないだろ、

と断固たる態度をもって、突っぱねる。

これを早急にこなさなければならない。



やらなければならないんだ。

やらなければならないことは、分かってるんだ。

分かっているのに−。

時間が経てば経つ程、気ばかりが焦り、

逆に何も手付かずの状態という悪循環だ。



悩み、悩んで、悩まされて。

ああ、命短し、悩めよ乙女。



って…。


乙女なのか、俺!?




そんなツッコミも虚しく、

ワタシは電話を掛けられず−、

だからといって、受話器を置くこともせず、

ただただ無為な時間を食いつぶしていた。



−追い出し屋Gはん。

えろう悩みまくりですなあ。




どこからともなく、声がした。

幻聴−?



−ひさびさの登場やのに、幻聴で済ませようなんて、

そりゃけったいな話やて、ダンナはん。




オマエは−。



−おっと、わてはエセ関西弁じゃありませんでぇ。

正真正銘、ホンマものの、関西弁!

ダンナはんが遊びでつこうとるものと一緒にせんでんかあ。




…って、十分アヤシイ関西弁を使うオマエは−。

関西弁のオッサンか!!

ひさびさに呼ばれてもいないのに、でやがったな!!



−説明しよう!(BGM:ヒーローもの風のイントロ)

エセ関西弁のオッサンとは、追い出し屋Gがピンチになったとき、

追い出し屋Gの脳内だけに現れる謎のヒーローだ!

人によっては、幻覚とか幻聴とか言うかもしれない−。

でも、そんなことはまったく、

気にしない、気にしない。 一休み、一休み。

得意技は、誰の目にも明らかなエセ関西弁で、

これまた何の意味もない喋りが炸裂(さくれつ)するぞ!




−まあまあ、えろう誤解を招き猫な説明でっせ、それは。

わてはダンナはんに喜んでもらおうと思って、出てきたのにぃ。


その仕打ちは、どうかと思う今日この頃でっせ!



心なしかしょんぼりした声で、エセ関西弁のオッサンは、

ワタシの脳に直接訴えかける。

ってゆーか、オヤジギャグは止めろ。



−オヤジギャグとはこれいかに、でっせ!

まあまあ、タンスに耳あり障子にメアリー。

って、いつからアメちゃんになったんかいっ!!

あ、ウソウソ。

今のはナシ! ナッシングやでぇ!




豪快な笑いがワタシの頭の中に響く。

オバちゃん笑いだ。



それにしても−。

一体、何の為に出てきやがったんだ、こいつ…。



…続く。

 

2003.11.23 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十一話− 
 何しに来たんだ?エセ関西弁のオッサン…の巻。




エセ関西弁のオッサンが、(ワタシの脳内のみに)登場。

それにしても−。

一体、何の為に出てきやがったんだ、こいつ…。



−あ、ダンナはん。

わてが何の意味もなく、現れたと思ったら、

そりゃナンセンスやでー。




…じゃあ、何のために出てきたんだ?



−ダンナはんは、ホンマせっかちな人ですなー。

しかも、わて相手だと強気な対応だすのに、

社長とかマスウラとかを相手にすると、

途端にだんまりくん、でっかぁ?




……。

オマエ、喧嘩売りに来たのか?



−まあまあ、ダンナはん。

本題戻しますとな。

わてが今日、ダンナはんに会いに来たのは、

危なっかしくて見てられなくて。

心配で心配で心配しすぎて、

居ても立ってもいられないからやでぇ。

あんまりにも心配しすぎて、ほら、ここんところ、

円形脱毛症になってしもうたわ。


ほらほら。



…そんなもん、見えないって。

オマエは脳内にしかいないんだから。



−まあまあ、そんなことはええて。

今日は、親愛なるダンナはんに忠告というか、

注進というか、まあ、アレですな。

そーゆーヒントちゅうものを伝えに来たワケですわ。




…ヒント?



−そう、ヒントでっせえ。

わても、ナニワの商人(あきんど)だすから、

フツーはただで教える、阿呆なことはせんのですが−。

まあ、他でもないダンナはん。

ここは一発、大奮発でっせえええええ!




…前置きはいいから。

それで?



−うーん、わてが大奮発してヒント教えようちゅーのに、

なんていけずな態度…。

まあ、そこがダンナはんの良さちゅうところなんだすけどな。

んでな、ダンナはん。

これから、ダンナはんはマスウラなんちゅー、

けったいなオッサンに電話掛けようちゅうところでっしゃろが。

でも、今の状態で掛けたところで、

ダンナはん、またマスウラにけったくそにやられるだけやでぇ。




…うっ。



−ダンナはんな。

まず、何でマスウラなんちゅうけったいなおっさんが、

わざわざダンナはんに会いに来た、その理由は分かる?

その理由が分からないと、ダメダメやでぇ。

とはいえ、そんな難しい大層な理由やあらへんけどなあ。




…な、何でだろう?

ワタシは、マスウラがのこのことウチの会社にやってきた、

そんなことについてなど、今まで少しも考えたことなどなかった。

その理由とは一体…。


…続く。

 

2003.11.24 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十二話− 
 マスウラが来た理由と発明王の教え…の巻。




世にも厚かましい、エセ関西弁のオッサンが問いかけた。

例のマンションの賃借人である占有者A子の代理として、

マスウラと言う人物がワタシの会社にやって来た、

それはどうしてか、その理由を述べよ、と。

このオッサン、ワタシの脳内のみにしか現れないのに、

何だか偉そうな感じだ。



−ダンナはん!

わてはエラソウじゃないんでっせー。

エライんですわあ。

そりゃ何でかって言ったら、

ダンナはんが愚図愚図愚図愚図してるのを、

見兼ねて、こうやって参上したさかいな。

これ以上の、ダンナはん孝行があるかいな。

そうでっしゃろ?


孝行したい時にゃ、親はなし。

よくいいますやろ?

わてが、孝行したいときにダンナはんがいなくても、

そりゃ困るさかいなあ。




…うるさい!

もう口を開けば、だらだらと長口上だな!



ワタシはエセ関西弁のオッサンをたしなめた。

だが、そんなことお構いなしにオッサンは喋り続ける。

だらだらだらだらだらだらだらだらだら…。



ワタシは分かった、分かったと言い、そして続けた。



…マスウラがウチの会社に来た理由?

そんなん、占有者A子の主張を伝えたかっただけだろ。

簡単な話だ。



ワタシは関西弁のオッサンの問いに答えた。

オッサンはといえば、さっきまでべらべらと余計なことばかり

喋っていたのだが、ワタシが本題に戻した途端、

急に興味がなくなったかのように、眠そうな声を出した。



−そう、その通りですな。

でも、A子の主張を伝えられたかっただけだったら、

ダンナはんに電話一本掛けるだけで済む話でっしゃろ?

現に最初はマスウラからの電話で始まったワケ。

けったいなマスウラのオッサンは、電話の後、

わざわざダンナはんの会社に来たワケや。

それはな、この件の担当者であるダンナはんに、

念押しの一撃を与えに来たちゅうことやで。

まあ、ダンナはんには悪いが、

電話での対応でダンナはんが相手として組み易し−。

そう思われたんでっしゃろな。

言っちゃ悪いが、この程度の人間が担当だったら、

ダンナはんの会社も甘い。

自分が出張っていけば、十分落とせる。

自分の有利な条件で、ことが進む。

そう思ったんやで、あのオッサンは。


まあ、もし会社訪問した時に、

対応する相手がダンナはんやなくて、社長はんやったら、

そりゃ大いなる誤算になったやろうけどなあ。

その点、マスウラのオッサンはラッキーやった。




自分のことを棚に上げて、マスウラをオッサン呼ばわりする、

エセ関西弁のオッサンである。

そんなオッサンの答えに対し、ワタシはこう思った。



…なんだよ、そんなことかよ。



ワタシの素っ気無い態度に、エセ関西弁のオッサンは、

納得のいかない様子だ。

少々、憮然とした声が、ワタシの頭の中に響く。



−ダンナはんな。

何か、わての答えに特別なモノを期待していたかどうか、

わからへんけど、その態度じゃ−。

なんだ、全然大したモンじゃあらへん、ってな感じですなあ。

でもな、わて、最初から「大層な理由じゃあらへん」って、

ダンナはんに伝えておったでぇ。

ウソ、大げさ、紛らわしいモノじゃあらへんって。

ダンナはんが、JARO(ジャロ)に訴えても、

わての主張が100パーセント認められまっせー。



エセ関西弁のオッサンは、捲(まく)し立てるように喋る。

自分の喋りに酔ってるのだろう。



…だけど、もったいぶっていたから、

もっと特別な、事態を120パーセント好転させるような、

そういう答えを期待してたんだぞ!



ワタシはやはり、納得は出来ない。

そんなワタシを今度は諭すように−。



−ダンナはんな。

何事も答えっちゅうものは、

何気ない当たり前のことから見つかるってモノやで。

例えば、発明王エジソンが蓄音機や電球を発明したんは、

流石のダンナはんも知っとるやろ?

じゃあ、その発明のアイディアはどこから出たかってたら、

エジソンが天才やから、どうこうというワケやなく、

当たり前の日常から見つけ出しているんやで。

自分で、天才とは1パーセントのひらめきと、

99パーセントの努力や!って言っとるしな。

何も特別なことはしておらへんのや。

ただ努力はいっぱいしとるんやでぇ。

もっともドクター中松はエジソン以上の発明王っぷりで、

それは特別なことしとるんやろうけどなあ!




自分が言ったことが余程面白かったのだろう、

オッサンにも関わらず、おばちゃん笑いが高らかだった。



……。



エセ関西弁のオッサンは、ひとしきり笑った後、

また急に態度を変え、一転、真面目な風(ふう)で。



−ダンナはんな。

すべての答えは日常に隠されているんや。

それを見つられるか、見つけられないかで、

状況はすべて変わってくるんとちゃいまっか?

ダンナはんが、今こうやって受話器を持ったまま、

電話を掛けることを躊躇(ためら)っている。

そんなことにも、答えがあるんでっせ!




…その答えは、痛い程、分かっていた。



…続く。

 

2003.11.25 火曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十三話− 
 ワタシがマスウラを怖がっている理由…の巻。




ワタシの脳内だけに生息する、エセ関西弁のオッサン。

彼はワタシがピンチの時に、颯爽と脳内に現れる。

もっとも現れた後はぐたぐたと関西弁で喋りまくりだけなのだが…。

当然、ワタシと彼の会話はすべて脳内で行われる。

もし斯様(かよう)な脳内会話中、

他人がワタシを見たら、どう思うだろうか。

恐らくワタシの呆気ぶりに、

はやキツネ憑きではないかと心配されるか。

それとも、いつものことだと放っておかれるか。

うーん、後者だな・・・。



−ダンナはん、ダンナはん!

どうしたんでっか?

ボーっとしてさかいに。

まあ、いつものことででっかー?




…こんな脳内人物との会話中にもボーっとしてしまった。

リアルでも呆けてて、脳内でも呆けてる。

そんなワタシってば一体…。



−ダンナはーん!



…あ、今はそんなことを言ってる場合ではない。

そうだ、エセ関西弁のオッサンの問い掛け−。

「マスウラへの電話を躊躇(ためら)っている理由」

これについて考えなければ−。



いや、考えるまでもない、か。

そんなこと、ワタシには分かっているのだ。

それはもう、痛い程、分かっている。



ワタシは怖いのだ。

マスウラが怖い。

単純に怖い。

ヤツの声を聞くことすら躊躇(ためら)われる。

ただただ、怖い。

だから、電話が掛けられないのだ。



ワタシはその事実の前に、ぐったりとした。

気持ちがますます萎えていった。



そんなワタシを見兼ねたように、

エセ関西弁のオッサンが、ワタシに深々と語りかける。

その口調は、普段の軽いものではなく、

重みのある口調であった。



−ダンナはんな。

わても怖いのはよう分かる。

ダンナはんの立場になったら、そう思うやろうし。

でも、でもな。

ダンナはんは、マスウラが何で怖いのか、

その根本的なモノについてちゃんと分かってまっか?




……。



ワタシは黙って、首を横に降った。

ただただ怖い怖いと思っているだけで、

じゃあ、何故マスウラが怖いのか。

それについて考えることなど、全くなかった。

怖いものは怖い。

ただそれだけだ。

その理由など、分からない。



−ダンナはんな。

怖い怖い、言うとったら、それだけで終わってしまいまっせ。

他ならぬダンナはんのためや。

わてが一肌も二肌も脱いだりますわ。

あのな、ダンナはん。

ダンナはんがマスウラを怖がってるんは、

単純なことなんや。

その理由をもったいぶらず、教えたる。

あまりにも単純なことなんで、

またそんなものなんかと、がっかりするかもしまへんが。

それはな、ダンナはんが−。




マスウラの正体を分かってないからなんや。




人間な、正体の分からないもの程、

怖いものはありゃしまへん。

よう言うやろ。

幽霊の正体見たり枯れ尾花、ちゅうって。

幽霊や怖い怖いと思っても、よくよく見れば、

その正体は揺れなびく枯れススキやないか。

しょーもなあ、なんて、そういう意味やねん。


正体さえ分かってしまえば、怖いことなど、

ありゃしまへんでぇ。




……!!



エセ関西弁のオッサンの言葉に、

ワタシはまさに目から鱗(うろこ)が落ちる思いだった。



ワタシは、マスウラのことを怖がっている。

その理由は、ワタシがマスウラのことを知らないからだ。

思い返してみると、確かにその通りだ。

マスウラの会社だとか、役職だとか、

そういった表面的なことは知っている。

彼から名刺を貰ったから。

だが、何故、マスウラが電話のみならず、

ウチの会社まで出張(でば)ってきたのか。

マスウラは、当該マンションを借りているという、

占有者A子の知り合いだと言った。



−知り合いだからここまで来た。



たかだか知り合いというだけで、

ウチの会社まで来るか、普通−。

ワタシは、ここに大いなるヒントが隠されていると思った。


…続く。

 

2003.11.26 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十四話− 
 見破った!マスウラの目的とは…の巻。




追い出し屋Gことワタシと、エセ関西弁のおっさんとの、

脳内会議はまだまだ続く。



エセ関西弁のオッサンは、ワタシがマスウラを怖がっているのは、

別に大した理由ではない。

それは、ワタシがマスウラのことを知らないからだ、と言った。



−確かにその通りだ。



別段、マスウラの外見は怖くも何ともない。

仮に彼と街ですれ違ったとしても、肩がぶつからないように、

こちらがサッと身を脇に寄せざるを得ない、

といった威圧的な風体はしていない。

彼はススけた髪の毛の持ち主であり、小男のオッサンに過ぎない。

外見上からの圧迫するような怖さというのは、

大抵の成人男子であれば、彼からは受けないハズだ。



しかし現実は−。

ワタシは小男のマスウラが怖かった。

とてつもなく、怖かった。



もちろん、何を言っても彼に言い負かされる、それが嫌だ、

というのはあるだろう。

ただそれ以上に、ワタシはマスウラのことを知らない。

これに起因する、底(そこ)知れぬ得体の知れない不気味さを、

ワタシは感じ取っていたのだろう。

エセ関西弁のオッサンの言うことには一理ある。

正体が分からないから、怖いんだ、と。



それにしても−。

マスウラとは一体、何者なのだろう。



彼がコンサルタント会社の常務だか何だかというのは、

名刺を貰ったので分かった。

でも、コンサルタント会社の人間が、何故ここで登場するのだ?

本来、ワタシと占有者A子の当事者同士で行われるべき話し合いが、

当事者でないマスウラとの間でなされた。

彼は占有者A子の代理として交渉に臨み、

今まで通りの賃貸借契約を継続して貰いたい、

との条件を突きつけてきた。



今までマスウラは、渦中の人物である占有者A子が、

自分の知り合いだから−、とそれだけしか理由を述べず、

ワタシとの交渉(というより一方的通告)を行ってきた。

ここで問題となるのは、果たして知り合いという関係だけで、

他人のプライバシーに深く入り込み、

家から出る出ない、賃貸借契約を続行せよ、

などいったことまで言ってくるだろうか。



仮にワタシだったら、どうだろう。

ちょっとした程度の知り合いから、

お願いだから自分の代わりに交渉してくれと言われたら…?

そんなのは、非常に面倒なことだ。

そのような頼みなど、上手いこと断るか、

断り切れなかったりしても、交渉の場に形ばかり同席し、

自分はただ経過を見守るだけだろう。

もっとも交渉相手が明らかに横暴だったり、

間違ったことを言っていたら、

それをたしなめるくらいのことはするだろうが…。

そんなもんだ。

それ以上のことなどしない。

というかそれ以上のことが出来るワケがない。

ましてや、自ら積極的に敵城にまで乗り込んで、

交渉のバトルを繰り広げたりはしないだろう。



…ん?

普通の知り合いだったら…?



ここでワタシはハタと気がついた。

だとしたら、普通の知り合いじゃなかったら、どうだろう?

マスウラと占有者A子が通常の関係ではない、

特別な関係であったら…?

例えば、占有者A子がマスウラのオッサンの愛人だったら?



ラマンだ、ラマン。

ラッマーン!




それでもって、マスウラのオッサンが占有者A子と、

あーんなことやこーんなことをして。

そして、あまつさえ、そーんなことまで。

ああ…。

ワタシの妄想は果てしなく広がり−。



−ちょっと、ちょっとダンナはん。

お取り込み中、えろう申し訳ありまへんが…。




…あっ。

思わず妄想の世界にのめり込んでしまった。

そんなヒマなんぞ無いのに。



−まあ、ダンナはんな。

ダンナはんの思っとる通りなのかもしれへん。

男と女の関係っちゅのは、

そりゃあもう、不思議なもんやからな!

ミステリイやな、ミステリイやしな。

ただな。

そんなダンナはんの淫(みだ)らな想像よりも、

もっともっと現実的な目的っちゅうのがあるんやね。




…現実的な目的?



−そうや、現実的な目的や。

あんな、ダンナはん。

マスウラは当たり前のことやねんけど、

目的があってダンナはんとの交渉の場に、

しゃしゃり出て来とるんや。

どんな人間であれ、タダで動くバカはおらへんのや!!

ここまで言えば−。

流石のダンナはんもここまで言えば、もう分かるやろ?



…マスウラが間に立って交渉する目的。

それは−。




金だ。




マスウラの目的が今、はっきりと分かった。


…続く。

 

2003.11.27 木曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十五話− 
 マスウラの正体とビリケンさん…の巻。




今、はっきりと分かった。

マスウラの目的は−。




金だ。




恐らくこれを読んでいる人の中には、

マスウラが金目的なんて、そんなの当たり前だろ。

煽りに煽っておいて、そんな目的なのかよ。

そんなありふれた理由じゃなく、もっと刺激的で独創的、

過激で過剰な理由を期待していたんだぞ、俺は!!

オマエの日記、つまんねーんだよっ!!

−などと半ば腹を立てている人もいるだろう。



だがこの時のワタシは、マスウラが金が目的で、

ある意味商売で交渉の場に出て来ているとは、

微塵も想像しなかった。

どんな関係なのかは分からないが、

ただただ純粋に占有者A子の為に、

その主張を述べているものだとばかり思っていた。



でも、現実は違った。



占有者A子がどうしてマスウラに話を持っていったのか、

それは分からないが、マスウラは金の匂いを嗅ぎ付けたのだろう。

その報酬が固定料金なのか成功報酬なのかは分からない。

ここまでの必死さを見ていると、

それ相当のものは貰えるのだろうと推測出来る。



マスウラは、商売で占有者A子の代替わりをして主張している。

もっとも今の段階では、これはワタシの想像に過ぎないかもしれない。

それ以上の理由がマスウラにはあるだろうか。

マスウラが占有者A子の賃貸契約を盛んに主張する理由が−。

どこをどう考えても、金以外に目的はない。

それで100パーセント間違いないだろう。



人間、タダで働くバカはいないと、エセ関西弁のオッサンは言った。

もちろん、金のために動くことは一概に悪いこととはいえない。

金を儲けなきゃ、食っていけない。

そりゃ当たり前のことだ。

しかし、自分の立場を隠し、

交渉の場にしゃしゃり出て来たのは如何なものか。

それが普通の金儲け、商売といえるだろうか。

ワタシは胸糞悪い想いでいっぱいだった。

ただの知り合いと主張し、善意の第三者の仮面を被り、

交渉に臨んでいたマスウラに対して−。

そして金のためにやって来たマスウラに、

こっぴどくやり込められた自分に対して−。



マスウラの目的は金である。

マスウラは金のために動いてるのだ。

それが真実だ。

マスウラの正体は、何のことはない。

こういった交渉ごとに首を突っ込み金をフンだくろうとする、

ただの輩なのである。



マスウラの真の正体を悟ったワタシに対し、

エセ関西弁のオッサンは満足そうな声を上げた。



−その通りや、ダンナはん!

マスウラは商売っ気出してるに過ぎないんやでぇ。

よーく、わかりましたなー。

まあ、わてのヒントちゅうか、

会話のリードがよかったんやろな、うん。

流石、わてやな。

うーん、ダンナはん想い。




エセ関西弁のオッサンは自画自賛していた。

自分賛美の話は止め処(とめど)なく続く。



わてはホンマ男の中の男やな。

そや、ダンナはん!

わてはそんじょそこらの男とちゃいまっせー。

伊達に浪速の男やあらへん。

通天閣の階段503段、駆け上って大阪の街、見下ろしまっせー。

そりゃ、ビリケンはんも座ったまま、逆立ちしますがな。

あ、ダンナはん、知っとります? ビリケンはん。

ごっつ可愛いんやあ。

それでな−。




いや、ビリケンとかそーゆーのはどうでもいいし。

滝の如く話が流れ続けるエセ関西弁のオッサンを制し、

ワタシは言った。



…分かった、分かった。

ビリケンさんは可愛いんだな。

実物みたことないけど、多分、可愛いと思うぞ、うん。



ワタシは見も知らぬビリケンを褒めた。

まあ、これは大きなヒントをくれたエセ関西弁のオッサンに対する、

ひとつのお礼だ。

それに対し、オッサンは素直に喜んでいるみたいだった。



−ダンナはんも、目が高いやん!

ビリケンはんはな、幸福の神様なんやで。

ダンナはんは、不幸そうな顔しとるけど、

ビリケンはんにあやかって、シアワセにならなあきまへん。



…不幸そうな面ってのは、大きなお世話だ。



ワタシは少しムッとする。

が、そんなワタシのちょっとした腹立ちなどお構いもせず、

エセ関西弁のオッサンは、サラリと言った。



−まあまあ、冗談でっせ、ダンナはん!

あ、もう、こんな時間やあらへんか。

わても忙しい男やさかい、この辺でドロンさせてもらいまっさ。

ほな、さいなら。




エセ関西弁のオッサンは、サラリと別れを述べ、

ワタシの脳内から消え去った。

まさにドロンであった。


その後に残されたのは−。

受話器を堅く握り締めたまま、デスクに座っている男が一人。



夢から醒めたワタシは、頭を振る。

マスウラに対する怖さはなくなっていた。

代わりに残っているのはマスウラと自分に対する胸糞悪さと、

そして次の展開のアイディアだった。


…続く。

 

2003.11.28 金曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十六話−
 商売人と商売人。そして武器は情報…の巻。




マスウラは、正体不明の男ではない。

得体の知れない怖さなどない、ただの商売人だ。

商売といえば、ワタシも商売で不動産競売に取り組んでいる。

まだまだ素人同然であるが、どんな業界であれ、

そこに足を突っ込んだ段階でプロの端くれになる。

ワタシもプロだ、商売人だ。

マスウラとは商売人同士だ。

何故相手を恐れる必要があるんだ。



目の前の塵(ちり)がすべて取り除かれた。

はっきりと前が見える。

マスウラの小男を怖がっていた自分は、もういない。



ただ、気をつけなければならないことがあった。

自分の前だけしか見えない視野の狭さだ。

それはワタシの欠点多き性格に所以(ゆえん)する。

いつものように−。



よっしゃもう怖くないぜ。

マスウラに突撃あるのみ!!


まっとれやー、マスウラのオッサン!!


うおおおおおお!!



なんぞと自分の勝手な思い込みと浅はかな知識を基に、

闇雲に突っ走っても、無残な結果に陥るだけであろう。

今までの反省を踏まえれば、そんなことはすぐに分かる。

あんな失敗、こんな失敗−。

すべて前しか見えない、一直線突撃イノシシ主義の結果として起きた。

これは気をつけなければならない。



それにマスウラ自身が怖くなくなったとは言え、

あの人間にはあの人間なりの人生経験や交渉スキルがある。

伊達に年輪を重ねて来たというわけでもなかろう。

年相応の蓄積はあるのだ。

そんな彼に対して、ワタシは全然蓄積も減った暮れもない、

ただの競売業界歴一ヶ月にも満たない若造だ。

決して一筋縄ではいかないのは明らかである。

したがって、マスウラが怖くなくなったからといって、

今までとは一転、相手をヘンに見くびっていては、

事態が好転することなどないだろう。

要は、必要以上に相手を過大評価する必要はないが、

必要以上の過小評価も悪、ということだ。

過信は身を滅ぼす結果を招きかねない。

だからこそ、ここは慎重に作戦を練り、

必要な知識と情報を武器にして、相手と対峙しなければならない。



ワタシには、今、武器がない。

早く武器を手に入れなければ…。

その武器とは、正しい情報だ。

マスウラがグウの音も出ない正論だ。

それを手に入れる為には−。

ワタシはそのアイディアを持っていた。



ワタシは受話器を握ってない方の手で、

机の引き出しからファイルを取り出した。

そして片手で器用にファイルをパラパラめくると−。

目的の電話番号が、あった。



受話器を握ったままのワタシは、

ようやく指を電話機のプッシュボタンに押し付けた。

今までの時間、一体どのくらいの時が経過したのだろうか…。

そんな疑問など、振り返ることもなく、

ファイルを見ながら、その番号通りに−。

ワタシの指は軽快にボタンを押し続ける。



トゥルルルルルル トゥルルルルルル トゥルルルルルル…。



受話器から、呼び出し音が流れる−。

そして、数度のコールの後、電話の先で誰かが受話器を取った。



はい−。



電話先の主はやる気のない様子で答えた。



…続く。

 

2003.11.30 日曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十七話−
 裁判所に電話を掛けよう!…の巻。




今までただ受話器を持っていたまま何もしなかったワタシは、

ようやく電話本来の使い方をまっとうしようとしていた。

すなわち、遠い向こうの相手と話す、ということだ。

電話ってば凄いよな。

何と言っても、全然違うところにいる人間と話せるんだから。



グラハム・ベル万歳!



そんなどうでもいいことを思いつつ、

ワタシは、プッシュボタンを押す。



トゥルルルルルル トゥルルルルルル トゥルルルルルル…。



受話器から、呼び出し音が流れる−。

そして、数度のコールの後、電話の先で誰かが受話器を取った。



はい−。



電話先の主はやる気のない様子で答えた。

言葉は続く。



「売却係です」



ワタシは電話を掛けた先は、マスウラではない。

まずは売却係に電話をしたのだ。

売却係とは、他のどこでもない−。

そう、裁判所の売却係である。

裁判所に電話を掛ける−。

ワタシの思いついたアイディアとは難しいものではない。

マスウラに電話するにしても、その前に理論武装しなければならない。

情報という武器を得るための、もっとも手っ取り早い方法−。

裁判所に訊く、ということだ。

それを今、実践しようとしているワケだ。



早速、ワタシは電話の先の主−裁判所書記官に尋ねた。

裁判所の業務関係は、大方、書記官が行う。

受付窓口にいるのも、こうして電話で相談する相手も、

書記官ということだ。



ワタシ
「お忙しいところすいませんが、ちょっとお伺いしたいんですけど。

あの、賃借権についてですが…」


書記官
「賃借権ですか…」



電話口の、恐らく中年のオッサンであろう書記官は、

もぞもぞと何を言っているのか分からない位、声が小さかった。

男のクセに、もう少し、声大きくしろよ!聞こえないんだよ!

と思ったのだが、だけれども、あんたの声小さ過ぎて、

何言ってるのか分からないよ!!

と書記官に言ってしまったら、相手の気分を害してしまうかもしれない。

その結果、何も教えてくれなかったら、それはそれで悲しいので、

大人の判断として、書記官の声の小ささに関しては黙っていた。



ワタシ
「あ、はい。賃借権なんですが…。

例えば物件明細書に使用借権とありますよね。

その場合は、基本的にどうなんでしょうかね。

買受人は今までの賃貸借契約を引き継ぐ必要ってのは、

あるんでしょうかねえ?」



ワタシの問い掛けに対し、書記官はだるそうに答えた。

相変わらず声は小さいままだ。



書記官
「え、あの。まあ、あまり断定的なことは言えませんが…。

一般論的には使用借権とはタダで借りているってことですから。

それを引き継ぐ必要はないと思いますけど…」


ワタシ
「そうですよね、引き継ぐ必要はないですよね?

だけれども、その使用借権者−占有者は、

使用借権ではなく、家賃を払い、敷金を納めている。

だから、家賃を支払う限りは、出る必要がない、と、

こんなフザケタことを言っちゃってるんですよ。

この辺り、どうなんでしょうかね?」



書記官は面倒くさそうに答える。

ますますだるそうだ。



書記官
「まあ、その権利が賃借権であった場合は、

権利発生の時期によっても、また中にいる人の立場ってのは、

当然変わってきますけど…。

まあ、物件明細書で占有認定が使用借権である、

とされているのでしたら、一応の見解として、

裁判所ではその占有権原を賃借権として認めるのが難しい、

ということでしょうから。

一般論的には引き継がれないのではなかろうか、

としか言いようがないですねえ」


ワタシ
「じゃあ、このケースでは引渡命令ってのは、出ますよね?」



引渡命令とは、簡単に言えば、不法占有者に対して、

裁判所がアンタにはここに居座る権利がないんだから、

出て行きなさいよ、という命令のことだ。

命令文なので、文体も当然、命令口調で書かれている。



書記官
「…まあ、一般論的に言えば」



書記官は自分の言葉の後に、だるそうに付け加えた。



書記官
「あの、今話したのはあくまでも一般論ですからね、一般論」



ホントにこの書記官は、一般論一般論って、一般論が好きだな。

まあ、いいや。

とにかく、一般論的にはマスウラの言ってることはおかしい、

ということが裁判所書記官との間の話で分かった。

これで十分だ。



ワタシは電話の先の書記官に礼を言い電話を切った。

書記官はと言えば、最後の最後まで、声は小さかった。

そしてやる気が見えなかった。



さあ、これから、マスウラに電話を掛けるぞ!!

ワタシはテンションが上がっていくのを、実感するのであった。



…続く。

 

2003.12.01 月曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十八話−
 テンションの上昇とポンドの重さ?…の巻。




マスウラに電話を掛けるぞ!



もうダラダラと考えても仕方がない。

ダラダラと無駄にあれこれ思っていても

嫌な考えばかりが脳裏を過ぎるだけ、気分が悪くなってくるだけだ。

それに、今のワタシは竹槍で爆撃機を突き落とそうとする訳ではない。

何も丸腰で闘おうというワケではないのだ。

ワタシには正しい情報という武器がある。

正真正銘、裁判所お墨付きの情報だ。

これに敵うものを果たしてマスウラが持っているのだろうか。

いや、持っている訳がない。

持っているハズがないのだ!

マスウラはただの商売人。

交渉に首を突っ込むことで金を得ようとしている、

自分の正義も減った暮れもないただの交渉屋だ。

そんな交渉屋風情に負けてたまるか。



負けてたまるか。

負けてたまるか。

負けてたまるか−。



ワタシは自分の内なる世界で、マスウラに対する熱い思い−、

あの輩に負けてたまるものかという決意を繰り返した。

英語で言うならリフレインした。

フランス語ではルフランした。

ああ、これこそ、魂のフルラン。



ワタシは自分の中に気が満ち満ちてくる思いを実感した。

あたかもガソリンを注入された車の気分だ。

レギュラー満タンはいりまーす。

タバコの吸殻はありませんかー?

そんなガソリンスタンドの店員の声が聞こえてくるかのようだった。

−幻聴が聞こえてるのかよ?

雪山で遭難してるみたいだな、おい!

…なんて、そんなツッコミをサラリと回避する程の、

余裕がワタシにはあった。



そしてエネルギーが充満したワタシに、後必要なものは−。

後は、少しばかりの勇気があればそれだけで十分だ。

少しばかりってどれくらいだ。

何となく、一ポンドってところか。

一ポンドの勇気−。

って、一ポンドがどの位の重さか分からないがな。



……。



やばい気になる。

このままでは夜眠れない。

ちょっと調べてみるか−。

ポンド、ポンド、ポンドっと。

えー、一ポンドはってぇと、450グラム?

うひょー、450グラムだって。

知ってた、知ってた?



…って。




だから何なんだよ!




あああっ。

駄目だ駄目だ駄目だ。

こんな風にどうでもいいことばかり考えていては駄目だ。

最初はどうでもいいことばかりが浮かんでは消え、

また浮かんでは消えしても、終(しま)いには絶対、

マイナスの嫌な想像ばかりが頭に浮かんで消えることがないじゃないか。

そんなこと、今までの経験則からしてもすぐ分かることだろ、

追い出し屋Gよっ!

電話を掛けるんだったら、とっとと電話を掛ける!

マスウラに対して、ガツンと言うんだ!!



自分で自分を方向付け、励ますことによって、勇気を出させる。

たかだか勇気の一ポンドや一キログラム、どうってことはない。

ワタシには勇気があるのだ!!



おおお、なんか再びテンションあがってきたぞ!!

今度は本物だ!!

じゃあ、今までのテンションは何だったのだ?

テンションがあがってたって言ったじゃん!!

え、そうだったっけ?

……。

まあ、細かいことは気にしない、気にしない。



−ワタシは、マスウラの会社へ電話を掛けるのであった。



待ってろよ、マスウラ!!



…続く。

 

2003.12.02 火曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第四十九話−
 対決!追い出し屋G対交渉人マスウラ、再び…の巻。




待ってろよ、マスウラ!!



マスウラに電話を掛けるワタシに迷いはもう、なかった。

やってやる。

やらねばならぬ。

やるならやらねば。

熱き血潮を感じる。



トゥルルルルルル トゥルルルルルル トゥルルルルルル…。



呼び出し音が鳴る。

この瞬間−、とてつもない緊張。

今までのワタシ、弱い意思のワタシであったら、

きっと、この緊張感に押し負けて、

呼び出し中の電話をガチャリと切っていただろう。

しかし今のワタシは違う。

確かに極度の緊張を感じていたが、

受話器を置いて逃げることなく、この手にしっかりと持っていた。



−迷いは、ない。



いや、迷いがないというより、迷っていても仕方がないじゃないか。

ただただその思いでいっぱいであった。



トゥルルルルルル トゥルルルルルル トゥルルルルルル…。



十回程、呼び出し音が鳴っただろうか。

マスウラは電話にでんわ、

などという死にたくなるような駄洒落が、

ワタシの頭に過ぎった矢先のことだ。

電話の向こうで、誰かが受話器を取った。



−はい。



会社に電話を掛けたのにも関わらず、

電話を受けた相手は会社名すら名乗らない。

だが、ワタシにはその相手が誰だか分かった。

あのガマ蛙(がえる)を押し潰したようなダミ声の男。

この男はまさしく−。



マスウラだ。



マスウラが電話に出ている。

ワタシの全身に、落雷のような緊張が走った。

でも、そんな落雷に負けてなるものか。

ワタシはマスウラに主張すべきことがあるのだ。

これを言わずして、電話が切れるものか。

ワタシは勇気を出し、第一声を発した。



ワタシ
「あー、ワタシ、追い出し屋といいますが、マスウラさんいます?」



それに対し男は、答えた。



マスウラ
「あ、マスウラですけれども」



やはり、このダミ声。

−マスウラだ。

そしてダミ声の男は、なんだか浮かれた調子で、

ワタシに言葉を返した。



マスウラ
「早速の電話ですな。

何かいい返事が貰えるのかな?」



この男、ワタシが喜ぶような回答を持ってきたと思い込んでいる。

どこまで行っても、つくづくオメデタイ男だな。

ワタシはそう思った。



今までの、いや、ホンの五分前のワタシだったら、

この時点で得体の知れない相手に対する畏怖のあまり、

ヘンなお愛想を振りまいているか、

もしくは何も喋れなくなるか−。

そのどちらかを選択していただろう。

だが、今は違う。

ワタシは、知ってるのだ。

マスウラの正体を。

マスウラは、ただの交渉人−、商売人だ。

金の為にやっている。

こんな男、怖がる必要はまったくない。

ワタシは間髪を入れず、マスウラに言った。



ワタシ
「あ、マスウラさんですか。先程はどうも。

で、前置きはともかくとしまして、結論からいいますが−」



ワタシは余分なことは一切言わず、単刀直入に切り出す。



ワタシ
「先程のマスウラさんの申し出は一切受けられません」



追い出し屋Gとマスウラとの対決のゴングが、

再び場内に鳴り響いた…。


…続く。

 

2003.12.03 水曜日


対決!追い出し屋G 対 元アイドル!

−第五十話−
 激闘!追い出し屋G対交渉人マスウラ、再び…の巻。




マスウラとの対決、再び。

電話を介しての直接対決。

言葉と言葉の闘いが、今、幕を開けた−。



ワタシ
「先程のマスウラさんの申し出は一切受けられません」



ワタシはマスウラに先制のストレートを放つ。

先手必勝!

交渉ごとを有利に進めるためには、

常に会話のイニシアチブを取らなければならない。

先の直接対決でこてんぱに丸め込まれてしまったのも、

元はといえば、マスウラの先制攻撃を許したからであろう。

でも、今度はそうはいかない。

今のワタシは先程までのヘタレなワタシとはちょっと違うのだ。

そうそうオマエの考えているように物事は進まないことを、

分からせてやるわ、マスウラのオッサン!!



ワタシ
「先程のお話はお話として、ワタシは聞きましたが−。

ただそれだけです。

どう考えても無理ですよ」



ワタシは更に右を繰り出す。

ワンツーだ。

さあ、どうだ攻撃される気分は、マスウラのオッサンよ!!

相対(あいたい)すマスウラはと言えば…。



マスウラ
「…えっ」



驚きのあまり声も出ない。

ワタシの先制攻撃に対し、しばし唖然(あぜん)としたようだった。

それもそうだろう。

ホンの数十秒前まで、

ワタシが朗報をもたらすために電話を掛けてきた、

などと思い込んでいたのだから。

なおかつ、マスウラはワタシのことを舐めきっていた。

自分の思い通りに動くものだと勝手に信じていた。

だからこそ、ワタシの言葉は意外であったのだろう。

まさかワタシがここまではっきりとしたノーを突きつけるとは、

想像だにしてなかったのではなかろうか。

だが、何でワタシがマスウラに吉報を伝えなくてはならないのだ。

そんな勝手な思い込み。

それこそ、迷惑な話だ。

ワタシは話を進めた。



ワタシ
「ですから、先程、マスウラさんから頂いた合意書ですか。

そんな紙は必要はありませんので、こちらで処分させて貰いました」



こちらで処分した−。

もっとも処分したのは、ワタシでなく、ウチの社長なんだけどな。

ワタシは心の中でそんな一文を付け加えた。



マスウラ
「…い、いや。

いや、いや、いや、何を言ってるんだ!!」




マスウラは、ダミ声を張り上げた。

度重なるワタシの言葉をその体で受け止めるマスウラは、

苦しみながらも言葉を紡(つむ)ぎ出しているかのようだ。

マスウラは喋ることで自分の感情をコントロールしているのだろう。

何とかして動揺を抑えようとしているのだが−。

それは無理な相談だった。



マスウラ
「今回は、賃貸借契約てものがあるだろう。

ちゃんとした賃貸借契約だぞ。

家賃、敷金、更新期間。

契約は契約。

契約が守られなくて、どうする!!」




…すごい言い草だ。

もうワケが分からない。

自分が如何(いか)にめちゃくちゃなことを言っているか

マスウラは理解出来ないのであろうか。

動揺に動揺を重ね、マスウラは深みに嵌(はま)っているようだ。

たかだかワタシが言葉をピシャリと相手に突き付けただけで、

この動揺ぶりは、一体何なのだろう。

マスウラは、守備側に回ると非常に脆(もろ)いようだ。



−よし!

今度はこちらが相手を攻めて攻めて攻めまくる番だ!

見切ったり、マスウラのオッサン!!

これから、ドンドンやったるわ!!



これまでのやり込められた思いをぶつけるかの如く−。

ワタシは攻撃の手を緩めることはなかった。


…続く。






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