レフォルマ 不動産競売必勝攻略法

    

 




対決!追い出し屋G 対 抗告屋 編

好評連載中!


物件: 木造二階建 戸建

場所: 東京都下

家賃: 15万円

占有者: 老夫婦

占有認定: 賃借人



  BACK → 第五十一話から第七十話まで

 

2006.09.18 月曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十一話 「マスター・キートンの想い出」



――その地裁の執行官室は、

全体的にこじんまりとしたスペースに収まっていた。

カウンター側のデスクには、ふたりのおばさん事務員が座っており、

奥の方には、デスクで三つの島が形作られていた。

島には、何人かのオッサンが座っている。

彼らが裁判所執行官なのだろう。

新聞を広げ、指の爪を切っている人もいれば、

パソコンに向かって仕事をしている――いや、あれは違うか。

船をこいでるみたいだから、寝ているのかも。

何ともまあ、平和な光景だ。



入ってすぐのドアの脇には、年季の入った木製の記入台があり、

尻がビニール紐で縛られたボールペンと表面が乾ききり、

最早仕事の役には立たなさそうな朱肉、

ひっくり返しているものの、中身がスカスカで容器を押しても押しても、

キャップからは空気しか出て来ないような糊が置かれていた。

それら備品すべてに「執行官室」と云うテプラが貼られており、

来る者に対して、所有権を声高に主張していた。

もっとも、心配しなくとも、そのような役に立たないグッズを

くすねてしまう人間など、皆無だろう。

持って帰ってしまう可能性がある人間はと云えば、

その場にあるものでサバイバルをしてみたり、

戦ってみたりするキートン先生くらいなもんだ。



……ああ、懐かしの「マスター・キートン」。

元英国SASのサバイバル教官で、考古学者でありながらも、

ロイズのオプ(保険調査員)を副業にしている主人公の物語。

高校生の頃、この漫画を読んで考古学に対する憧れを持ち、

「インディージョーンズ」に後押しされ、

大学の専門課程では考古学を専攻していたのは、

今となっては懐かしい想い出である。

もっとも実際の考古学と云うのは、アクションも何もなく、

地味で地道な作業の連続であり――。

結局、四年で大学を中退してしまった。

それでもって今は、考古学とは全く縁(えん)も縁(ゆかり)もない

不動産の仕事をしているけれども。



たかだか記入台を見ただけで妄想ゲームにひた走ってしまった、

ワタシの心に甘酸っぱいものが染み渡ってくる。

そのような気分にさせられたのは、西向きの窓から、

真っ赤な夕陽が差し込んできているからかも知れない。

オレンジ色の魔力ってヤツか……。

ああ、ちょっとしたメランコリーな午後の一時――。



って、今は老人が公園のベンチに座って、

過去会ったことを振り返り感傷に浸っているような、

そのようなことをしていてもいい場合ではない。

仕事だ、仕事だ。

ワタシは、感傷を振り払うかのように、

わざとドタドタ歩いてカウンターに向かった。

カウンターに書類ファイルでふくれあがっていたカバンを置き、

目の前の座っているふたりのおばさん事務員のうち、

眼鏡を着用していた方に声をかけた。

もうひとりの事務員は机に書類が山積みになっていたが、

彼女は悠然とした風にのんびりと茶を啜っていたからだ。



ワタシ
「あのお、すいません。

強制執行の申立をしたいのですが……」



ワタシの問いかけに、彼女は湯飲みを口に付けたまま、固まった。

両の目だけが、ワタシの方を見据えている。

無言だった。

ワタシは、聞こえていないのかも知れない――。

そこまで年は行っていないように見受けられるけれども、

もしかしたら、耳が不自由なのかもな――と思い、

再度、同じ台詞を口にした。



ワタシ
「あのお、すいません。

強制執行――」



ワタシが台詞をすべて云い終える前だ。

彼女はふいに目をくわっと見開くと、湯飲みを机に「たんっ!」

と小気味の良い音をさせて置き、云い放った。



事務員
「うるさいわねえ、一度云えば聞こえてるわよ。

何度も何度も云わなくてもいいの!」



……えっ?

ワタシってば、怒られてる?

申立のお願いをしに来ただけなのに?



事務員
「大体もう、こんな時間に来てもダメなのよ」



目を吊り上げながら、彼女は、ワタシを指さした……。



……続く。


<WEB拍手のお返事>


9/17 18時
すごい勉強になります。
こんな風に裁判所を書いている読みやすい文章はないと思いますよ。



競売手続きとかそれにともなう人々の内情を描いています。

この話は結構、興味深いものになると思いますよ。

 

2006.09.19 火曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十二話 「受付は四時半まで」



――例え、どんなに社会的地位のある偉い人間であったとしても、

他人を指差す人間は、心の貧しい輩だ。

小さい頃から、ワタシはそう教わって生きてきた。

とは云え、「ワタシも人を指差す」なんて行為を行ったことがない、

心豊かな人間であるなどとは主張しない。

交渉を効果的に進める上で、

敢えて相手方を怒らす行為をしたこともある。

ただそれは、相手方と利害が対立しているとか、

特殊なシチュエーションにおいての話だ。

強制執行を申立に来た、ただそれだけで利害は対立していないのに、

この場でそのような理不尽極まりない対応を受ける云われはないだろう。

腹立たしい思いよりも、単純に「何故?」と思った。

ワタシは「はあ?」とばかりに顔を若干歪め、不服の表情を浮かべた。

だけれども、ワタシの発した不服気味の「WHY?」の意思表示は、

彼女の全く伝わっていないのだろう。

事務員はワタシを指差しながら、続けて云った。



事務員
「あのねえ、もう閉まっちゃうのよ。

受付は四時半までだし。

ほら、もう、ねえ――」


ワタシ
「いや、閉まっちゃうと云われましても……。

まだ四時三十一分にもなっていないじゃないですか。

そんな秒単位で厳密に受付をしているのですか?

それに他人のことを指差し続けるのは、如何なものかと思いますよ」



ワタシはやんわり云った。

しかし、彼女は悪びれもせずにこう答えたのだ。



事務員
「受付時間は、四時半ってことはここの決まりなの。

だから一秒でも過ぎたら、遅刻。

遅刻は受け付けられないのが、道理。

道理って分かるわよね?

それに、アナタのことを指差してなんかいないわよ。

もうちゃんと見てよ。

ほら、アナタの後ろよ――」



振り向くと、アナログ時計が薄ら汚れた壁にかかっていた。

時計の針は、四時半過ぎを指していた。



ワタシ
時計、ですか?」



とまた事務員の方を見ると、

彼女は今まであからさまにワタシに向けていた人差し指を

時計に向けていたのだった。

そして、至極当然だとばかりに云った。



事務員
「アタシはさっきから時計の方に向けて指差していたのよ。

別にアナタなんかに指を突きつけてなんか無いわよ。

勝手に勘違いして、怒らないでよね。

ほんと、そんなんじゃ、アタシが困るわよ」



……どこから何かがプチンと切れそうだった。

って、オノレはこっちが後ろを振り向く前までは、

ずうっとこっちの顔を指差してたじゃないか!

それでもって、こっちが後ろ見てたときに時計の方に向くように、

指を上昇修正したんだろうが!

それをいけしゃあしゃあと、アタシは最初っから、

アナタの顔じゃなく、時計に指を向けていたんですよ、だなんて、

誰が信じるんだっての!?

そんなの裁判官が認めたって、こっちが許さないっての!!

それに、終業時間は五時だろうが?

まだこっちが四時五十九分に窓口に駆け込んできたんだったら、

その云い分は、百歩譲って分かったとしても、

まだ五時まで三十分弱あるじゃないか!?

受付時間が仮に四時半締め切りだとしても、

四時三十一分になっていない時に窓口に話かけただろうが。

それだけ時間があるのに、「もう、閉店シャッターガラガラ」

なんてことを云われるのはどう云う了見してるんだ?

どう考えたって、おかしいだろう!?

ええい、窓口のおばさんじゃ、らちが明かない!

責任者だせ、責任者をっ!!

もう、クレーマーに変身して、暴れちゃうぞ!!



……などと云った言葉が喉元2センチのところまで出かかったが、

ゴーヤよりも苦い果実を何とか飲み込んだ。

これも大人の良識と云うものだろう。

偉いぞ、自分!

誰も褒めてくれないけど、自分で自分を褒めてあげよう。

暴言オンパレード爆発寸前から、爆破を食い止め、

褒め言葉を連発するまで――その時間、わずか三秒。

おばさんは、勘違いも甚だしいことに、

そのワタシの空白を自分の云ったことを納得している、

と都合よく理解したのだろう。



事務員
「時間も時間だし、もう受付時間は終わり。

何かあるのだったら、また後日、来てちょうだい。

じゃ、そう云うことで」



だなんて、どこぞの嵐を呼ぶ幼稚園児みたいな

閉め言葉で会話をシャットダウンした。

彼女はまた、お茶を飲もうと湯飲みを手にしていた。



……。

って、なんだよ、その対応はっ!

理不尽極まりない事務員の対応に、ワタシは……。



……続く。

 

2006.09.21 木曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十三話 「すげえ迷惑なんですけど」



――ワタシは、思わず声を荒げそうになった。

裁判所だろうが何だろうが、

サービス業はサービス業だろうが!

市民に対するサービスなくして、行政を担ってます――

などと云った、偉そうで大層な顔をするんじゃないっ!



ふつふつと泡立った苛立ちが、

ワタシの喉元の境界38度線を超えかけた、その時である――。

きいいっと、回転椅子が軋む音が聞こえた。

事務員の席の後ろ向こう側の机の島で、

新聞紙を広げ、のんびり指の爪を切っていたオッサンが

こちらを振り向き、これまたゆったりとした声で云った。



オッサン
「まあまあ、イワノさーん。

そんなにカリカリしなくてもいいじゃなーい」


事務員
「カリカリするも何も……。

そんなことないですよお」



白髪交じりのオッサンから、

年相当とは到底思えない程の間延びした声で、

「イワノさーん」と声をかけられた事務員は、

ワタシの存在などないかのように、ぐいっと後ろを振り返り、

舌足らずな、どことなく甘えたような声を出した。



……。

ってか、何?

この対応の差は?

ワタシのことなどお構いなしだ。

今度はふたりして、キャッキャと話をし始めた。

もう、ワタシの存在など、このオバサンからしてみたら、

時空を超えた遥か彼方の異星人――。

いや、
わずか数ミリのミジンコくらいのものだろう。

もはや、人形すら、保ってはいない。

……。

ええい、今のままではラチがあかない。

ワタシは世間話に興じている、ふたりに話しかけた。



ワタシ
「あのお、お取り込み中、悪いんですけど……」



もちろん、最低限の皮肉を込めた言葉だ。

しかし、彼女のちょっと魔女っぽく尖った耳には、

ワタシのささやかな皮肉すら通じていないようだった。

再びこちらに向けたその顔には、

一体全体この人間はどういう了見をしているんだ、

と云う思いがありありで、かつ、

せっかくの楽しいひと時を邪魔する、無粋な人間だ――

と云わんばかりに、露骨に顔を歪めていた。



事務員
「何?」



……。

これまでの話の流れからしても、

「何?」と云う返しはありえないだろう。

完全には分千切れてはいないけれども、

大人の常識を支えている幾重にも渡る綱の、

そのうちの一本がプチンと切れたような音がした。

思わず、「何は、ないだろ、何は!?」と云い返そうとした

ワタシであったが、それを察知したのか――。

間延びした声を出すオッサンが、

ワタシに向かって話しかけてきたのだった。



オッサン
「ああ、そうだ、そうだ。

四時半の受付はともかくとして――。

予納はもうしたあ? 」


ワタシ
「いえ――。

そのあたりを含めて、確認しておきたかったんですけど……」


オッサン
「そうか、そうか。

予納金は支払ってないってことで。

だったら、
申立書もまだあ?」


ワタシ
「はい、まだです。

そのあたりを含めて、一度、申立の書類を一式を頂戴したいと。

そのために窓口に来たわけなんですよねえ」


オッサン
「ああ、そんな程度のことなのねえ」


ワタシ
「そうなんですよ――」



そう――その程度のことなのだ。

ワタシが今日、執行官室に来たのは、他でもない。

申立書の雛形を貰いに来ただけなのだ。

強制執行の申立をするために、申立書類を貰うべく、

窓口を訪れたのだ。

別にワタシはプロなのだから、

書類のどこにどう書けばいいとか、

そのような細かいことを聞くわけがない――。

その地裁において、うちの会社は入札はしているものの、

強制執行の申立に至るケースがなかったと云うのもあるのだが

――誰がプロで誰が素人なのかを見分けることが出来なかったのだ。

だから、相手が誰であろうと、用件がなんであろうと、

彼女は一律にシャットダウンをしたのだろう。

面倒臭いことをいちいちしつこく聞かれて、

時間が過ぎ、やがて終業時間が過ぎても居残ろうとする、

そんな面倒臭いことは是が非でも避けたいから、

定刻前に存分に時間をとり、受付時間終了と称して、

すべての事務手続きをストップさせていた――。



……。

ってか、いずれにせよ、すげえ迷惑なんですけど。



……続く。

 

2006.09.23 土曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十四話 「ファーストコンタクト」



――受付間際の大騒動。

……いや、そんな大きい騒動ではないか。

受け付ける人と受け付けられる人のやりとりは、

当事者同士だけが盛り上がり、

他人からみれば、まさしく「どーでもいいですよー」

とやる気無さげで云いたいところであろう。



オッサン
「あー、イワノさーん。

とりあえず、受付の手続きって訳じゃないから。

書類くらい渡してあげなさいーよー」



事務員はオッサンに対しては、にこやかに接していたが、

「はあい」と応えた後、私の方を振り向いた。

その顔は――また元通り、いたく不機嫌なものに変わっていた。

……何その早替え?

顔の表情を変えるために、黒子でも使っているのか?



事務員
「……どこ?」



事務員は主語・述語・修飾語をすべて省略した。

ワタシは「え?」と反応すると、彼女は面白くなさそうに、

「だから、執行したい場所はどこ?」

――そんなこと、云わずもがな。モチの論でしょ?

さも当たり前のように、そんなことも分からないの?

とバカにした口調であった。

ワタシは、少し、ムッとしながらも、執行場所を応えた。

あの――幾度となく通った、ハヤシバラが占有している家の場所だ。



すると、「ふっ」と鼻を鳴らした彼女は、

それ以上何も云わず、いきなり立ち上がった。

立ち上がるとオッサンには、軽やかに会釈をし、

間延びしたオッサンの向こう側に座っている脇で立ち止まった。

事務員の目線の先には、別のオッサンがいた。

彼も間延びオッサンと同じく、執行官なのだろう。

書類を手に、もう片方では電卓片手に計算――はしていない。

顔が小刻みに上下している。

居眠りしているようだ。

そんな居眠りオヤジの前で仁王立ちの事務員。

彼女は、居眠りオヤジに喋りかけた。




事務員
「アオタさん、アオタさん」



……居眠りオヤジは、アオタと云うようだ。

それにしても、気付いていない。

一度や二度呼ばれたくらいでは、

眠りの世界から生還することは出来ないようだ。



事務員
「……チッ」



事務員の性格から云っても、

こんなオヤジの態度を寛容に認めることは不可能なのだろう。

カウンターまで聞こえるくらいの舌打ちをした。

……って云うか。

そんな大きな舌打ちしてたら、

どんなにカマトトぶったって、間延びオッサンにも聞こえるだろうに。

そう思って、ワタシは間延びの方を見たが、

彼はまたのんびりと指の爪をヤスリがけ作業に熱中していた。

恐らく彼は彼で、事務員のそのような二面性のある性格に

慣れっこになっているのだろう。

ま、それもそうか。

こんな狭い部屋でずっと仕事をしているのだ。

事務員が取り繕うことなど、無意味に等しい。



事務員
「……ほら、アオタさん。

アオタさん。

アオタさんってば!」



だが、依然として例えるのならば、こうか。

はんのうはない。

ただのしかばねのようだ。

ドラクエ的に云えばそんな感じだろう。



事務員
「……だから、アオタさん。

アオタさんってば、ちょっと。

アオタさん、ねえ、ちょっと!」




事務員は、アオタの肩を揺らす。

アオタは「はっ!」と云い体をビクッと震わせた。

ようやく、眠りから覚めたようだ。

事務員は、口元に小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、云った。



事務員
「……お忙しいところ申し訳ないんですけど。

アオタ執行官にお客さんが来ていますよ




アオタは、二度三度周囲に目線を配り、

そして、カウンター先に立っていたワタシを認めた。

ワタシと目線が会う。



これが追い出し屋であるワタシと

執行官であるアオタとのファーストコンタクトであった……。


……続く。

 

2006.09.24 日曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十五話 「強制執行の催告その1」



――見上げれば、雲一つない青い空であった。

車通りも少ない、住宅街である。

遠くからは微かに小学生の嬌声が聞こえてくる。

穏やかな午後のひと時だった。



強制執行とは、通常、二段階の手順で行われる。

申立を行ってから、即、強制執行自体が成されるわけではない。

まず、引渡命令に基づき強制執行が行われることを債務者に伝えるべく、

執行官と共に実際に現地に赴き、その旨を伝えに行く。

強制執行の前段階――それを「強制執行の催告」と云う。

その催告は、今日、実行される。

ワタシは申立債権者の代理人としてやって来たのだ。



強制執行は国家が強制力を持って行う。

国家権力を思う存分振るう、強制執行機関が執行官である。

そして、今回の強制執行における担当執行官が、

彼――アオタだと云うことだ。



催告が行われる予定時間の三十分前に、

ワタシはハヤシバラ宅――最早、彼らには何の権限もない。

他人の家を勝手に占有しているのだ――到着していた。

まだ、誰もいない。

暖かい陽光が心地よく降り注いでいるだけだった。



あの時――。

執行官室で初めて会ったアオタの第一印象は、

酷く精力がない初老の男だ――である。

人差し指で盛んに目尻をかいているものの、

目の脂(やに)は一向に取れない。

頭も寒々しく、スーツもシワだらけでよれている。

事務員呼ばれ、とてもやる気がなさそうな体で、

受付カウンターに立ったアオタ執行官は、ワタシに尋ねた。



アオタ執行官
「……で?」



……まただ。

いきなりの単語攻撃。

「で?」は単語ですらない。

たかだか、ひらがな一文字である。

どうやら、ここの執行官室の人達は、

主語述語修飾語すべてを省くのが流行しているのだろうか。

ワタシは面倒臭がらずに再度、事務員にも話したことを繰り返した。

アオタ執行官は、面倒臭くなったのだろう。

最後まで聞くことなく、途中で打ち切るように手を振った。



アオタ執行官
「で?」



……またかよっ!

毎度毎度のひらがな一文字。

クエスチョンマークを入れたら、二文字か。

端的に要約しろと云うことだろう。



ワタシ
「今日、強制執行の執行文の付与を受けたので、

一緒に申立書の雛形を貰いに来たんですよ」


アオタ執行官
「……え? それだけ?」




彼は非常に憤慨したと云った体で、すぐ脇に座っている、

事務員を睨んだ。

そんな雑用くらい、オマエの方で処理しておけよ!

そのための事務員なんだろ!?

この業突ババアが!!

そのような彼の思いが、顔色に露わになっていた。

だが、事務員の方はと云えば、アオタ執行官のことなどお構いなしで、

ただのんびりとお茶を啜っていた。

アオタ書記官は「……ちっ」と舌を鳴らすと、

キャビネットの引き出しから、書類一式を出した。



アオタ書記官
「……はい」



彼はワタシではなく、事務員を睨みながら云った。

こんな雑魚仕事やらせやがって――!



ワタシは思った。

……こんな人達に任せていて、本当に大丈夫なのだろうか?



……続く。

 

2006.09.27 水曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十六話 「強制執行の催告その2」



――空は青かった。

ワタシの心のなかは、不安が頭をもたげていたのであるが、

もちろん、空は心を映し出す鏡などではない。

心中を投影することなく――。

それでも、空は青かった。



青の色は、増している。

目が眩むような――。

少しばかり立ち眩みを覚えたワタシは、

手で庇(ひさし)を作り目を細め、その家を見上げた。

青の波間から注ぎ降る陽光によって、

古びた鈍い色の家は照らし出されていた。

追い出されるべき者がいる家だ。

日差しの照るなか、ワタシは、目をこらしてただひたすらに見つめていた。



執行官と行く「強制執行の催告」と云うイベントは、

相手方とその場で会うことが出来れば、

その効果は絶大なものとなる。

それはそうだろう。

催告の際、占有者がいた場合――。

例え、相手が鍵をかけ、瞳を閉じ、

両手で耳を塞いで家の中に立てこもっていても、無駄なことだ。

執行官の号令一つで鍵屋が鮮やかな手付きで扉の鍵穴をいじくり回し、

固く閉じられた扉を開く。

もしピッキング対策が練られた特殊キーであれば、

電動ドリルで鍵穴を破壊して、頑強な封印を破る。

立てこもり、嵐が過ぎるのをジッと待とう。

時間が経てば、きっと諦めて帰るさ――なんて決め込んでいたのに、

その願いは叶わず――。

開け放たれた扉から、ドカドカと家の中に立ち入るのだ。

占有者にとって、一番会いたくない相手である、

所有者が執行官と云う国家権力を連れている。

しかも、執行官は全面的に債権者である所有者の味方である。

執行の催告が行われた際、

時には血が上った占有者は、口から泡を飛ばして、主張する。



占有者の許可なく、立ち入った。

だから、不法侵入だ!

鍵穴をいじくって壊したから、器物損壊だ!



だが、占有者が幾ら持論を展開したところで、

国家権力にそのような云い分は通用しない。

悪いのは誰だ?

国家権力は、こう断言するのだ。

それは、引渡命令が出ているのに一向に退去しない占有者である。

国家権力は、占有者の味方ではない。



かと云って、占有者が国家権力に対し、

同情や憐憫の情を誘おうとしても、これもまた無意味である。

彼らはよく口にする。

占有するには理由があるのだ、と。



金がない。

時間がない。

仕事がない。

健康でない。

次に行くところがない。



ない、ない、ない、のないない尽くし。

ないない祭りを開催しようと云ったって、そうは問屋が卸さない。

占有者の言葉が幾ら言葉を弄したとしても、

執行官は淡々と事務的に事を進めるだけだ。

占有者が口にする、諸処の事情について、考慮は一切しない。

それでも不満を口にする占有者に対し、

執行官は多かれ少なかれ、云うのだった。



この事案については、すでに裁判所の決定が出ている。

司法が決めたことだ。

個人の状況より、司法の判断が優先する。

従って、占有者の言葉は考慮に値しないのだ――。



そうして、雑音などものともせず、執行官は自らの職務を遂行すべく、

次なる日程を決める。



次なる日程とは――。

強制執行の断行日のことである。

この日、建物内にある動産をすべて外に出す。

強制執行と聞いて、誰もがイメージする行為を行う日だ。




果たして――。

ワタシは思った。

今回、強制執行の断行まで行き着いてしまうのであろうか。

もちろん、この段階では、分からないのは無論のことであり……。



……続く。

 

2006.09.30 土曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十七話 「強制執行の催告その3」



――今後の展開は。

これからどうなるのだろう。

如何なることが起きるのだろうか。



いや、手続き上の流れはきちんと理解している。

このままいけば、今日の強制執行の催告が終わって、

これまた何事もなく過ぎ去れば、

最後のイベントである強制執行断行が行われる。

家中の家財道具がすべて取り払われ、室外に放り出される。

買受人はようやく新たなる所有者として、

家に関する全権を完全な形で把握することが出来るのだ。

これが強制執行の流れだ。

そのようなことくらい、分かっている。

分かっている。

理解の範疇にある。

あるのだが……。



空の青さのなかに、一抹の雲が流れるように、

ワタシの心に、不安の欠片が過ぎった。

芽生える不安はほんの一握り、小さな小さな断片であるが、

湯に入れるとむくむく膨らむ恐竜スポンジのように、

大きく膨れていくような――。

そんな悪い予感が沸き上がっていた。

このままでは終わらない。

そんな、何かが……。



ワタシの不安をよそに、強制執行催告の予定時間は、

刻々と迫っていく。

携帯の時計を見ると、時間十五分前。

静かな住宅地に微かなエンジン音がした。

ワタシの前を青い小型車がよろよろと通り過ぎる。

マーチだった。

そして青いマーチの後ろには、

まるで誰も目からもバレバレな形で尾行でも行っているかのように、

黒の軽ワゴンがピッタリと付いていた。

二台の車は、ハヤシバラ占有宅から、

少し離れた公園の道路脇に路上駐車する。

車が止まるや否や、軽ワゴンの運転席ドアが勢いよく開き、

長身の男が飛び出すように出て来る。

真っ先に青いマーチの方に駆け寄ると、

プレジデントのエスコートでもするかのように、

わざわざマーチの扉を開けに行ったみたいだ。



「シャチョウ!

ご乗車、お疲れ様でした!」



閑静な住宅街に長身の男の声が響き渡る。

すると、背の小さな男がマーチを降りた。

ネズミ色のスーツを着た初老に差しかかったこの男は――。

アオタ執行官だった。

昔の女子高生みたいに押しつぶしたカバンを持った執行官は、

長身の男の呼びかけに軽く「おう」と応える。



「シャチョウ、現場に大分、早く来てしまいましたね!」


「約束の時間には遅れない――。

それは社会人たる者、当然のことだな」


「それはそうですね!

流石はシャチョウ!

物事の道理をこれでもかと分かってらっしゃる!」


まあ、国家権力たるもの、当然の帰結ではあるがな


「それじゃあ、今日もパパッと片付けちゃいましょう!」



……。

彼らふたりだけの世界の光景を

図らずも目の当たりにしたワタシは、思った。



何、この、零細企業の社長と部下みたいなノリは?

これから社長コントでもやろうってのか?



ワタシの不安の色が

ますます濃くなっていったのは、云うまでもなく……。




……続く。



<WEB拍手のお返事>


9/30 0時
Gさんはタバコ吸いますか?
俺はこの歳になるまで全然吸わなかったんだけど、
最近になって、ようやくうまいと思えるタバコを見つけた。
「中華」だ。けどこれ高くて、一箱500両もする。


タバコは吸いますねえ。
でも、無理しなくともいつでも禁煙できる自信はあります。
まあ、普段吸ってるのは最近、キャスターのクールバニラですけどね。

 

2006.10.01 日曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十八話 「強制執行の催告その4」



――長身の男は、まるで大名行列の人払いのように、

シャチョウと呼ぶ執行官の前を早足で歩いていた。

恐らく彼は、執行官の補佐をする役割を果たす執行補助者だろう。

でも、何故、補助者が執行官のことをシャチョウと呼んでいるのか、

それについては、全くもって不明ではあるが……。



長身の彼は歩幅が長い上に、

後ろに付いて来ているシャチョウの一歩一歩が短いから、

彼らの差は進めば進む程、開いていく。

だが、長身の男はそれに気付かず、

「さあさあ」とかけ声を上げながら、こちらに向かっていた。



長身の男
「あ、債権者の方ですか?」



長身の男は、ワタシに近付くとそう声をかけて来た。

初対面の人間同士ではあるが、

ただ、人通りの少ない住宅街の、

それも執行場所の前に立っている男は、ワタシだけである。

誰がどう見ても、関係者としか見えないだろう。

ワタシは「債権者の会社の代理人です」と応える。



長身の男
「ああ、代理人の方ですねえ。

ご苦労様ですねえ。

はい、それでこちらが、執行官のアオタ先生――」



男は右手のひらを差し向けた。

が――。

その先には何もなかった。



長身の男
「あ、あれえ?

いない。

シャ、……いや、せ、先生ー! 」



長身の男はようやく自分が早足で来たことに気付いたようだ。

あと、ついでに自分と相手の歩幅の違いにも。

男は駆け足で執行官の元に戻り、

執行官に「すいません、すいません」と謝っていた。

執行官はと云えば、「ノジマよお。オマエは配慮ってものが足りないからなあ」

と憮然とした顔で云った。

先程までの長身の男――ノジマと云うらしい――のヨイショがすべて、

無に帰っていたようだった。

ワタシは、この社長コントを見て、使われるべき立場って云うのは、

大変なものなのだなあ、としみじみ思った。

ま、ワタシも同じような宮仕えの立場か――。



ふたりがようやくワタシに近付いて来ると、

ノジマは汗をかきかき、仕切り直した。



ノジマ
「えー、先生。

こちらが今日の執行の代理人です。

名前は、ええと――」


ワタシ
「――ヒガシタニです」



執行官は、「ああ」と軽く応えた。



ワタシ
「先日はどうもありがとうございます。

今日はよろしくお願いします」



そう続けると、執行官はまたも「ああ」とだけ云った。

このやりとりにノジマが入り込んでくる。



ノジマ
「いやいやいやいや。

先生は忙しいですから。

あ、申し遅れました。

ワタシ、執行補助のノジマと云います――」



そう云うと、ノジマは名刺を差し出してきた。

ワタシも胸ポケットから名刺を取り出す。

ノジマはそれを受け取ると、自分の名刺入れに仕舞ながら、

「あ、先生はご職業柄、余程のことがない限り、

名刺を切りませんので……」

とそれこそ余計な豆知識を披露してくれた。

まあ、先だって執行官室で会ったから、

アオタ執行官が本当に執行官なのか。

本人確認は必要ないだろう。



アオタ執行官
「まあ、それじゃあ、さっさと催告始めちゃおうか」



アオタ執行官の言葉に、ノジマは応えた。



ノジマ
「いや、先生。

ちょっと待って下さい。

まだ、足りてないです――」



……続く。



<WEB拍手のお返事>


9/30 21時
アイドルの時も、この抗告屋も、なかなか本ボスが出てきませんね。


今回、新たな敵は出て来ないような出てくるような、そんな感じです。
さてさて
……。

 

2006.10.02 月曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第七十九話 「強制執行の催告その5」



――強制執行の催告を行う際には、決まったメンツが必要だ。

強制執行を担当する執行官と強制執行を申し立てた債権者がいればいい、

と云う訳にはいかない。

執行官の執行が適正に行われているか見届ける立会人や

実際に断行を行う際、幾ら費用がかかるのか見積もりを取り、

作業員の手配や強制執行の実務を担当する業者、

鍵を解錠する解錠技術者がデフォルトで必要である。

もし強制執行の相手方が凶暴であるとか錯乱状態にあり、

まともに手を付けられない状況にある人間であるのならば、

更に警察権力にも出動を願わなければならないだろう。

ヤクザやチンピラに対して、顔だけでは占有者と同業のような、

到底、警察官には見えないマル暴が相手をするのだ。



今回、占有者であるハヤシバラに対する執行には、

警察権力の介入は必要なかろうと云うことで、警察官の存在はない。

国家権力は、執行官だけで十分だ。

アオタ執行官の脇に寄りそう執行官補助者のノジマは、

強制執行の実務を取り扱う業者も兼ねている。

電話での事前打ち合わせの際、

アオタ執行官は強烈にプッシュして来た。



アオタ執行官
「ロクな業者じゃなかったら、強制執行は出来ないから。

ロクな業者の担当者から連絡させるよ。

いつも使っているんだけど、そこは安くていいよ」



そして、執行官との電話を切った後、間髪入れずに電話がかかってきた。

ノジマからであった。

アオタ執行官の紹介だと云うことで、彼は見積もりを取って、

すべて仕切りますから、とまくし立てた。

実際のところ、こちらも競売業者であるし、

強制執行を担当する業者の当ては幾つかあるのだが、

ここまで執行官が猛烈プッシュしているのだ。

これをきっぱり断って、下手に執行官にヘソを曲げられても困る。

とりあえず、見積もりをとってもらうだけは無料だし、

任意での話し合いがぽしゃり、実際に強制執行断行になりそうだったら、

その時はその時、費用の交渉を行おう――。

そう思ったワタシは、見積もりをノジマに頼むことを了解した。

ノジマはさも当然だと云うように、「任せて下さい」と応えた。

今日のアオタとノジマの会話を少しばかり垣間見ても、

執行官と補助者との関係はベタベタな癒着関係にありそうな、

そのような思いを抱かざるを得なかった。

まあ、それはいいとして――。

後、必要なメンツは、立会人と解錠技術者である。



執行官に立ち会い、行為を見守る立会人は、

実際のところ、強制執行について利害関係人でなければ、

誰でもいいのだが、大抵は執行官の指名によって、

大抵、公務員や公務員の退職者が選ばれる。

彼らにとって見たら、たかだか十分二十分の立ち会いで、

五千円ばかりの小遣い銭を貰えるのだから、

割の良いバイトみたいなもんだろう。



解錠技術者は、例えば占有者が不在だとか、

もしくは 鍵をかけて立てこもっている状態にある時、

ドアの鍵を解錠する役割を果たす鍵屋である。



予定時間十分前になっても、立会人と鍵屋は来ていなかった。

そのどちらもワタシが手配した者ではない。

立会人は執行官が依頼しておくと断言していたし、

鍵屋は執行補助者が用意しておきますと云っていた。

こちらとしては、すべてお任せである。



主役である自分よりも脇役であるはずの、

彼ら二人がまだ現場に来ていないのだ。

案の定、執行官は不機嫌そうな面をしていた。

ノジマは、アオタの冷たい眼差しを目の当たりにして、

汗を拭き拭き、携帯電話で連絡を取っている。



そうして、二人が来ないまま、執行予定時間に成ったのだった……。



……続く。


2006.10.05 木曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第八十話 「強制執行の催告その6」



――催告の予定時刻は、もう過ぎていた。

腕にはめた時計の動きを睨み付けるような形相で見ていた

アオタはノジマに怒っていた。



アオタ執行官
「おい、ノジマ!

一体どういうことだ?」


ノジマ
「あ、いや……。

ちょっと遅れているようです……」



アオタの怒りぶりに、おたおたしながら、ノジマは応える。

さほど、暑くもないのにも関わらず、

しきりに薄い髪の間から流れ落ちる汗をハンカチで拭っていた。

ハンカチを持っていない方の手には、携帯電話を握り締めている。

先ほどから、電話をかけているのだが、一向に繋がらないようだ。

流れる汗を拭きながら必死な顔をして、

何度も何度もリダイヤルボタンを押していた。

だが、そんなノジマの殊勝な姿も、アオタの目には入らないようだ。



アオタ執行官
「ちょっとだろうがどうだろうが、遅れてるって、どういうことだ?

待たせるってのは、何様のつもりなんだ!?

今日の立会人は誰だ!?」


ノジマ
「すいません、すいません。

今日の人は、あの人です。

あの……タナカさんです」


アオタ執行官
「あの、タナカのジジイか?

いっつも、のたのたして歩いているからな。

のたのたするんだったら、のたのたするなりに、

もっと前もって時間をみて、来いっていうんだ!

なあ、おい!」



「おい!」と呼びかけられたノジマは、 「はい!」と背筋を伸ばした。

直立不動で立っているノジマと背中を丸めたアオタは、

各々の立場と相反するように、周りに長短の差を見せつけていた。



アオタ執行官
「もう、いい!

とりあえず、アイツはもう、使うな!

切っておけ!」



ノジマは「分かりました!」と
敬礼をせんばかりに、ビシッと応えた。

だが、もちろん、ここでアオタの怒りが一段落――する訳がない。

約束の時間に遅刻しているのは、立会人だけではなく、

鍵屋もそうだったからだ。

アオタは怒りのテンションそのままに続ける。



アオタ執行官
「それと、鍵屋はどうした、鍵屋は?」


ノジマ
「……すいません。

鍵屋はいつも使っているスペードロックです」


アオタ執行官
「スペードロックのカジウラは、何をやってるんだ!?」


ノジマ
「すいません、すいません。

カジウラさんにも電話しているのですが、

さっきから、留守番電話にしか繋がらないんですよ……」


アオタ執行官
「ちっ……。

どいつもこいつも、使えないな!

せめて、立会人がいれば、ピンポン押せるのにな。

立会人だけでも、来ないか。

おい、ノジマよ!

立会人が来て、鍵屋がまだ来てなかったら、

もちろん、その時は分かっているだろうな?

オマエが鍵を開けろよ!」



ノジマは「シャチョウ、それは無理ですよぉ〜」と悲鳴交じりだった。



……ってか、物凄い無理難題を押し付けるタイプの執行官だな、

と端から見ててワタシが思ったのは、云うまでもなく――。



典型的なアオタのパワーハラスメントと、

それに耐え抜くノジマの悲哀ドラマのやりとりが

しばらく続いていたのだが、

その現場に一台のワゴンカーが登場することによって、

アオタ執行官は若干、落ち着きを取り戻したかのように見えた。



ワゴンのサイドには、「不思議の国のアリス」よろしく、

行進するとスペードのカードの兵隊が描かれており、

その下には丸文字調で「スペードロックサービス」とあった……。



……続く。

 

2006.10.07 土曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第八十一話 「強制執行の催告その7」



――スペードの兵隊のキャラクターが描かれた、

ピンクのファンシーなワゴンから出て来たのは、

服の至るところで金属製の鎖をジャラジャラさせている、

金髪を逆立てた若い男だった。



小走りに運転席まで駆け寄ったノジマは、

彼の姿を見ると一瞬、「オマエは誰だ?」と云ったような、

怪訝な顔を見せていたが、しかし、すぐ表情を戻し、

彼に文句を付けはじめていた。

文句の言葉を浴びせかけられている金髪男は、

くちゃくちゃガムをかみ続けているだけで、まったく動じてはいない。

「ちーっす」と顔色ひとつ変えることなく、生返事を返しながら、

片手に工具を持ち、こちらに向かってきた。

ノジマもそれに寄り添うようにして歩いて来る。

アオタはノジマを捕まえ、やはり怒ったように尋ねた。



アオタ執行官
「おい、いつものヤツじゃないのか?」


ノジマ
「はあ……。

カジウラさんは、他の現場とかち合ったみたいで……。

いつものとは違った人間がやって来た、と云う次第でございまして……」



あたふたと上司の質問に応える中間管理職の悲哀をよそに、

この場合、新入社員に例えられる金髪男は、

「自分のどこが悪いの?」
と無言のままに主張するが如く、

ガムをくちゃくちゃ噛みながら、突っ立っていた。

ノジマは、この男の脇あたりを肘で突っ付き、自己紹介するよう促す。

金髪は面倒臭そうな眼差しをノジマに向けたものの、

「あー、ヨシダっす。ちーっす」と。

彼ならいかにも、このような自己紹介をするだろうな、

というイメージ通りそのままに応えていた。

ワタシはヨシダに――ああ、こいつ裏切らないな、と。

期待を裏切らない、ある種の潔さを感じた。



だけれども、初老の執行官は若者の金髪など――

しかも自分の現場であるから尚更、 許せないようだった。



アオタ執行官
「おいっ――!」



アオタはノジマではなく、ヨシダに向かって声を荒げた。

だが――。



ヨシダ
「ハぁ? 何か云いたいことでもあるんスか?」




ヨシダが今までのやる気のない対応を一変させ、アオタに対し、

いきなり薄い眉を釣り上がらせ、眉間にシワを寄せメンチを切った。

「うっ」と言葉を切ったアオタはいきなり顔を横に向け、怒鳴った。



アオタ執行官
「オマエの段取りが悪いから、こうなるんだっ!」



怒りの矛先は――ノジマに向けてだった。

ノジマはアオタにひたすら謝るばかりであった。

ああ、中間管理職の悲しさよ。



ヨシダ
「あ、そうだ。

オレ、なんか、仲間のジイさん、連れてきてるっスよ」




ヨシダはワゴンを指さし、今度はへらへら笑いながら云った。



ヨシダ
「あのジイさん、なんで、出て来ないんだろ。

まさか、死んでるんじゃないよなあ――」


ノジマ
「仲間のジイさん――? 」


ノジマは、鍵屋の車に駆け寄った。

後部座席を覗き込むと、見つけたようだった。

ウィンドーを平手で叩きながら――。



ノジマ
「タナカさんっ、タナカさんっ!」



それにしても、予定時間から、すでに十分経過。

この茶番劇みたいなものは、いつまで続くのか。

ステージからは、債権者代理人だけが取り残されているような、

そんな感じがした……。



……続く。

 

2006.10.09 月曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第八十二話 「強制執行の催告その8」



――タナカさんっ、タナカさんっ!



ノジマはワゴンのウィンドーを叩きながら、云った。

「ガラス割るなよ」とのヨシダの呟きが聞こえた。

ノジマの呼びかけに応じるかのように、後部座席のドアが開いた。

ワゴンからよろよろと降りてきたのは――ひとりの老人だった。

この老人こそ、立会人のタナカであろう。

とりあえず、死んではないようだった。

ヨシダはまたもや呟く。

「お、ジイさん、生きてたんだ」と笑った。



ノジマ
「タナカさん、今まで何やってたんですか?

何故、この車に乗ってるんですか?」



ノジマはよろよろと降りるタナカに肩を貸してやりながら、尋ねた。

タナカは、「ああ……」と寝惚けたような声をあげた。



ノジマ
「タナカさん、だから、どうしたんですか?」



タナカは応える代わりに、大きな欠伸をしたのだった。

このやりとりを見ている限り、タナカが鍵屋のワゴンに乗っている、

道理が分からないと云った感である。

ノジマはよれよれと千鳥足で歩く、タナカの脇を抱えながら、ヨシダに訊く 。



ノジマ
「一体、何でタナカさんと一緒に車乗って居るんだ?

それにしても、もしかして、この人……」



ヨシダは、そりゃあ噛むことは頭と体に良いとは云っても、

いつまでも噛んでいて、最早味が無さそうなガムを口にしながら、

笑いながら、云った。



ヨシダ
ああ、そのジイさん、道ばたで寝っ転がってたんだよ。

行き倒れみたいに、ばったりと。

駅からここまでの途中だろうな。

住宅街のど真ん中っていうのに、よく通報されなかったもんだよ。

オレは車に乗ってて、そのまま気付かないで、

轢いちゃうところだったんだよね。

んでも、ほら、オレってば優しいじゃん?」



そんなこと、知らねえ――。

誰にともなく、自分で自分を賛美。

相変わらず、アオタ執行官は、嫌そうな顔付きをしていたが、

ヨシダの言葉を止めようとはしなかった。



ヨシダ

「だから、しょうがねえ。

そのジイさんに云ってやったさ。

おらおら、ジイさん、そんなところで寝てると、風邪ひくぞ。

ってか、むしろ、轢かれちまうぞ。

オレは轢きそうになったぞ――って。

ぐらぐら体揺らしたら、ジイさん、うわごとみたいに、

強制執行〜、強制執行〜……。

だなんて、云ってやがるのな。

オレはよく分からんけど、強制執行ってのは、

なかなか、ないことでしょ?

だから、オレはジイさん大丈夫か、って云いながら、

うつぶせになっていたジイさんをひっくり返してみたんだけど。

すげえ酒臭いのな。

こいつ、酒呑んでやがるな、って。

そう思った訳さ――。

はい、ここで質問!

道ばたに、酒に酔ったジイさんが転がっています。

そん時、どーするでしょーか!?」



ヨシダは「はい、それじゃあ、そこの人!」と指を差した。

その先にいたのは、ワタシであった。

いきなり、ワタシをご指命か?

なんだよ、そりゃ――と思いながらも、 思わずではあったが、

生真面目に応じてしまった。



ワタシ
「はあ……。

あー、そうですね、

ワタシだったら……」



ヨシダ
「オレは見捨てなかったよ。

ジイさん、大丈夫かー?」



……って、こっちの答えは完全スルーかいっ!



ヨシダ
「それでも、強制執行、強制執行、云ってるから。

このジイさん、そんなに強制執行が大事だって思ってるんだったら、

酒なんか呑むなよ、おい!

って突っ込んだんだけど、起きないからさ。

ほら、さっきも云ったけど、オレって優しいじゃん?

だから、ジイさん、車の後ろに放り込んで、

ここまで連れてきたってもんさ。

ホント、そこまで酒なんか呑むんじゃねえ、って感じだよな――」


アオタ執行官
「酒、呑んじゃ悪いか?

酒、呑んだって、いいだろうが?」



これまで不機嫌な顔はしつつも黙っていたアオタだったが、

「酒」 と云うキーワードに思いがあったのか、口を挟んだ。



アオタ執行官
「酒、呑みたい時だってあるだろうが。

このタナカだって、つらいことがあったんだろうが。

酒、呑まないとならんような……」



「酒」
について、いきなり食い付いてきた執行官であったが、

その言葉の最後は、何だか悲哀に満ちた余韻が漂っていた。

ヨシダは、先程みたいに睨むことはしなかったが、

場は一瞬、閑静な住宅街よりも静寂な空間に包まれた。



ノジマ
「……まあ、人数が揃ったと云うことで。

先生、これでもう、催告を始めることが出来ますよね?」



ノジマは脇にお荷物である酔っぱらいを抱えながら、云った。



――とにかく、だ。

執行官、執行官補助者、立会人、解錠技術者、そして債権者代理人のワタシ。

形はどうであれ、これで今日の舞台に必要な登場人物は、

すべて揃ったと云うわけだ。



予定時間より、十五分オーバーして、ようやく強制執行催告が始まる……。



……続く。

 

2006.11.07 火曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第八十三話 「強制執行の催告その9」



――これから催告を行う。

そのために必要な人間は、この場にすべて揃っている。

とは云え、どうだ。

傲慢な立ち居振る舞いをこれ見よがしに行う執行官や

そんな執行官に理不尽なことを云われても、

「ハイっ! すべては社長が正しいです!」とばかりに、

こびへつらうコバンザメみたいな執行補助者、

今時の若者なのか、それとも逆に今時いないのかもしれない、

微妙なスタイルと変わった言動の解錠技術者、

仕事だと云うのに酔っ払っていて前後不覚の状態に陥っていた、

おじいちゃんの立会人――。

このあからさまな巡り合わせとも云えるラインナップは、

一体どんな星の元に集っているのだろう。

まるで少年マンガにありがちな、

不良だけを集めた特別学級みたいなものではないか。

まさしく、3年D組だ。

――ヤンクミはどこ?

そんな特別学級のボスであるアオタ執行官は、

まだまだ、よろよろしている立会人を見ていたと思ったら――。

険しい顔を補助者に向け、真剣な声で云った。



アオタ執行官
「おい、ノジマ!

オレはちょっと車戻っているから。

オマエ、代わりに中のヤツに声掛けしておいてくれ!」



アオタはそう言い残すと、すたすた自分の車に戻ってしまった。

伝言を押し付けられたノジマは、「はあ……」と云った表情で、

残された人たちの顔を見渡すのだった。



ノジマ
「……あのお、皆さん」



これから催告本番だと云うのに、すでに疲れた声である。



ノジマ
「執行官が、ああ、仰っておられると云うことで。

これから催告をはじめぇえます。

それでは、これから僭越ながら私が占有者に呼び掛けてみたいと思いまぁす」



弱々しい高校球児みたいな選手宣誓を述べると、

ノジマは、ハヤシバラ宅――。

いや、ハヤシバラが不法に占有している家の門扉を開け、

そろそろと敷地内に立ち入った 。

ようやく、敵陣に突入の構えである。

脳裏には、突撃ラッパが鳴り響く。

ひとり盛り上がる瞬間であった。

だが、回りはと云えば、本来の主役である執行官は、

雲隠れみたいにいないし、

その代役の執行補助者はどうだと云えば、

執行官の前ではやたらとテンション高く動いているのに、

いなくなった途端に、テンションダダ下がりで、やる気全くなし。

若手解錠技術者は、なんかにやにやしながら、

ガムを噛んでいるし、立会人のおじいちゃんは――。



え、死んでる?



立会人はぐでーっとなりながら、電柱に背をつけ、

体育すわりみたいな格好でしゃがみこんでいる。

しかも、微動だにしていない。

鍵屋は、ワタシがタナカの様子に気づいたのを確認すると、

更に顔をいやらしく崩して云った。



ヨシダ
「せっかくさあ、そのジイさん、オレ助けてやったのによぉ。

無駄だったのかな?

行き倒れちゃったのかな?」



縁起でもない。

ワタシが立会人の近くに寄ると、タナカは固まった表情を崩さず、

ぐわっと鼻を鳴らしたかと思えば、また息をせず、眠り込んでいる。

死んでいるように見えたが、とりあえず、まだ生きていたようだ。

時折息継ぎをしているものの、

文字通り死んだように眠っている。

人騒がせなことだ。

ワタシはタナカの肩を幾度かさすってみたが、

ノーリアクションである。

タナカを起こすことを諦めた。



そんな風にワタシがタナカの身を案じていた時――。

執行補助者はひとり、占有者に対して呼び掛けを行っていた。

呼び鈴を鳴らしながら、「裁判所の方から来ました」と呼んでも出てこない。

ノックをしながら、「裁判所の方から来ました」と呼んでも音沙汰なし。

ある意味、「消防署の方から来ました」と云って、

消防官に似たような制服を着つつ、消火器の押し売りをする、

「消防署が消火器押し売りするのかよ?」なんて文句を云われたら、

すぐさま、「私は消防署の方から、って云ってますよ。

消防署の方角から、ってことですよ」などと、云い逃れをする、

消火器詐欺でも働こうとしているのかと思った。

あ、でも。

「消防署の方から来ました」ではなく、

「裁判所の方から来ました」を連呼していた彼である。

売り物はさしづめ、消火器ではなく、特別送達あたりか――。



と、その時である。

ワタシの後ろの方から、怒鳴り声が上がった。



「オマエはダメだ!」



柄の悪い声である。

振り返ってみると、そこには……。



……続く。


<WEB拍手のお返事>


9/30 21時
もうそろそろ更新を!楽しみにしています!!


非常にひさびさであったりします。
すいません。
またまったり更新していくので、暇なときにでものぞいてみてくださいねー!

 

2007.01.06 土曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第八十四話 「強制執行の催告その10」




――振り向くとそこにいたのは、顔を真っ赤にさせた男が立っていた。

男は繰り返した。

「オマエはダメだ!」

執行補助者に決定的にダメ出しを行うその男こそ、

先ほど自分の車の中に消えていたアオタ執行官であった。

彼は壮大なゲップをした。

その途端、周囲に漂う、あまったるくべたつくような日本酒の臭い。



……!!

この男は、まさか――。

あろうことか、職務中に――?

って、どこまで世俗から自由に飛び立っている執行官なのだ!?



ワタシは、アオタの顔から目を離すことが出来なかった。

赤い顔のアオタは、ジロっと睨みつけ云った。



アオタ執行官
「ノジマ!

そんな弱腰な態度でどうする?

それじゃあ、いくら経ってもオマエはまともな仕事なんぞ、出来ないぞ!」


ノジマ
「あ、いや……。

シャ、シャチョウ……」



アオタ執行官は、「いいから、どけ!

中にいるヤツにはこうやって呼び掛けるんだ!」と云いつつ、

周りにいる面々を押し退け、玄関ドアの前に仁王立ちした。

そして、すうっと声を出して息を吸い込むと、

今度は一気に息を吐き出すようにして、声を上げた。



アオタ執行官
「こちらは、裁判所から来たものであーーーーーる!!

これから執行の前段階で、催告にきたものであーーーーーる!!

さあ、中にいる人は出てくるのであーーーーーる!!」



え、何、この人……?

執行官はと云えば、さも満足げな顔をしている。

さも自分は舞台俳優であり、観客の前で一芝居打っている、と云った感か。

さあ、見てみろ。

オレのこの華麗なる演技を――。

さあ、身悶えよ。

オレのこの華麗なる演技で――。

しかし、執行官が撒き散らしていたのは、

もちろん感動ではなく、人間の胃を通した酒の異臭だけである。

彼の舞台を本心なのかどうなのかは分からないが、

喜んでいるのはただひとり、執行補助者のノジマだけである。

ワタシを含め、あとの面々は執行官の呆気にとられていたか、

もしくは酒酔い執行官を見て、ただニヤニヤ笑っているばかりであった。

って、どんな執行官だよっ!!

そのようなツッコミすら、思い受かべることが出来なかった。



……一分間経過。

誰も出てこない。



執行官の表情であるが、顔の赤さは変わらないものの、

まるで月が欠けていくようにみるみるうちに、

不機嫌さを増していた。

再度、呼び掛けを行う。

その様であるが、もうヤケになっているかのように、怒鳴っていた。



アオタ執行官
「再度申し伝えーーーーーる!!

こちらは、裁判所から来たものであーーーーーる!!

これから執行の前段階で、催告にきたものであーーーーーる!!

さあ、中にいる人は出てくるのであーーーーーる!!」



だが、結果は無言。

アオタ執行官の機嫌は更に悪くなり――。

対して、執行官とは反比例するかのように、顔をますます青くさせていたのは、

無論のことながら、執行補助者の彼である。



ノジマ
「シャ、シャチョウ……」



泣きそうな声を上げる、補助者。

執行官はますます電波状況の悪いラジオのように、割れた怒声を出す。

しかし、部屋のなかはいつまでの静かなまま、家人は当然のように出てこない。



ワタシは云った。

「これ以上、呼び掛けても、中の人間は出てこないんじゃないですか?」

至極真っ当過ぎる程、真っ当。

執行官は、苛々と歪めた顔を補助者にぶつける。

視線の先にいるノジマは、「ええ……。ボクのせいですかあ?」

などとまたもや泣きそうな声を上げるのであった……。



……続く。



<WEB拍手へのお返事>

12/31 22時
2006年も暮れてきました。もうそろそろ更新を!!

ようやく更新です。
更新は今年もちょっとスローペースになってしまうかもです。
本当にすいません。

 

2007.01.22 月曜日


対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編


第八十五話 「強制執行の催告その11」




――時代がかった執行官の物言いは、幾らボルテージを上げても全く通用せず。

執行官が苛立ちだけを募らせる結果となった。

周りは呆然とするばかり。

ただひとり、執行官をシャチョウとのたまう補助者だけが青ざめているのであった。



ワタシ
「あのお……。

せっかく鍵屋さんいますし。

パッと鍵開けて貰いましょうよ」



執行官はワタシの方をまともに見ず、補助者に向かって云った。



アオタ執行官
「ほら、ノジマ!

何をぼさっとしてるんだ。

いない者はいない。

必ずしも催告に来たからといって、中に人がいるとは限らないんだよ。

そんなこと、当たり前じゃないか。

それなのに、だ。

オマエはそんな当然のことを少しも分からず、

それでいて、こっちに無駄な呼びかけを何度も何度もやらせて。

それでオマエは一人前の補助者と云えるのか!?」



……それにしてもこのオヤジの云いよう、もはや、もの凄い云いがかりである。

端で聞いてても、いやいや、それはあり得ないのでは?

と思わざるを得ないのだが。

しかし、他者からどう受け取られたとしても、

幾ら因縁を付けらたところで、すでに彼らの中で組み上げられた上下関係は、

ちょっとやそっとのことではもう崩れることがないのだろう。

ノジマは、「はいっ! すいませんでしたっ!」と上ずった声を

上司たる執行官に返した。

踏まれても踏まれても、健気に伸びゆくぺんぺん草。

ノジマを見て、ふとそう思った。

このガチガチの鉄板的人間関係を構築している要素とは一体なんなのだろう。

普通に考えたら、執行官が補助者に対して何らかの弱みを握っているから?

そうでなければ、執行官のサドっぷりと補助者のマゾ的嗜好が、

上手い具合にマッチングされたから、か――?



……。

罵倒する側の怒りと快楽と、受け手側の恐怖と快感――。

オヤジふたりの倒錯の世界を想像したワタシは、気分が悪くなった。

やめやめ!

こんな一銭の徳にもならない、訳の分からない想像をするのは――!



執行官に圧倒的威圧を受けていたノジマ

――実際のところ、そのような事態を彼の趣味嗜好として楽しんでいるのか、

どうかは不明ではあるが――は、ヨシダに錠前を開けるよう、伝えた。

若い鍵屋はガムをくちゃくちゃ噛みながら、「あーい」と返事をした。

ヨシダはやる気がないことをあからさまにしている。

ノジマは、更に立会人にも「ほら、鍵開けますんで、ちゃんと見てて下さいね」

と声をかける。

だが、酔っぱらいの立会人はこれまた「うーい」と返事にもならない返事をした。

もう、こんな酔っぱらいのジジイは放っておけ。

とりあえず、立会人はその場にいればいい、とノジマは判断したのだろう。

この言葉を最後にノジマは催告が終わるまで、

立会人のタナカに声をかけることはなかった。

最後に補助者は締めとばかりに、 ドアを叩いて、声を上げた。



ノジマ
「裁判所ですけど、いないと云うことで鍵を開けちゃいますよ?

いや、開けます! 」



ノジマはお役ご免とばかりに、鍵屋のヨシダに解錠を促す。

鍵屋はかったるそうに工具箱から、解錠道具を取り出し、作業を始めた。

ヨシダは鍵穴に長細い棒を突っ込み、

ガチャガチャとかき混ぜるように棒を動かしていく。

ワタシは気を取り直して、作業を見守った。

鍵屋の技術は大したものである。

手先の器用さを活かし、閉じられた扉を開けてしまうのであるから。

これまで幾度となく、解錠の現場に立ち会い、

瞬時に鍵が開けられる瞬間を見てきた。

その現場に立ち会う度に、鍵屋――いや、錠前技師の研ぎ澄まされた職人技に、

ワタシは感嘆の念を覚えるのであった。

このヨシダにしても、普段はチャラチャラしてる風を装っていても、

こと仕事に対しては、きっと職人としての技を見せるのであろう。

しかも、目の前の障害は最新式のピッキング対策が万全に施された錠前ではない。

この程度の代物であれば、ほんの一分も経たないうちに、

それこそ、数秒単位で開けてしまうのに違いない。



だがしかし、鍵の解錠がはじまって15分経過しても、

一向に扉は開かなかったのだった……。



……続く。

 

2007.01.25 木曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第八十六話 「強制執行の催告その12」


――鍵が開かない。

一分、五分、十分経っても一向に開く気配すら見せない。

鍵屋はボサッと突っ立っている訳ではないのだ。

作業自体は行われている。

だがそれにも関わらず、一見、建物と同じく老朽化している扉であり、

ドアノブさえ回せば些かの手応えもなく開いてしまいそうな扉にも関わらず、

まるで小田原城の城門のように堅固さを保っていた。

最初はガムを噛みながら、自分で作詞作曲自分の鼻歌交じりに、

それこそ「こんなの、チョーソッコーっス」と余裕を見せていたヨシダであったが、

流石に今時の我が道を行くオンリーロード人間であったとしても、

ここまでガチャガチャと作業時間を費やしても、開かない扉に焦りの色を見せていた。

ヨシダは噛んでいたガムを庭先に吐き出すと手の甲で口元をぬぐう。



ヨシダ
「やるな、オマエ」



こう呟いた。

自分より弱いと思っていた喧嘩の相手が意外と強かったみたいな、

恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに長ランを着た番長ライクなセリフである。

他にも「ガッといれたら、ガッてなるのが、フツーだろ?」

であるとか、「ぐわーってなるだろ、ぐわーって!」などと、

独り言を云っていたヨシダであったが、手を止めることなく、

ただひたすらに鍵解錠の工具を操っていた。



実際のところ、鍵の解錠は難しかったのだろう。

素人目からして簡単に開くことが出来そうな鍵であったが、

しかし、実際問題としてこうして時間は掛かっている訳だ。

ワタシは思った。

マジカルな鍵の芸術は見られないのは仕方がない。

チャラチャラとした見た目ではあるがヨシダも、

一応は鍵屋として派遣されて来ている。

本職である彼が次第に難しそうな顔になっているのだ、

実際にもうちょっとは時間が掛かってしまうのだろう。

ワタシの思いのとおり、ヨシダは云った。



ヨシダ
「これ、軽いと思ったんスけど、中の機構がぜんっぜんイカれてて。

スベりまくって大変な感じっスよ。

チョームカつくんスけど。

こいつ、マジ、ヤりますよ。

かなりヤっちゃってるんで、もうちょっと時間かかりますね、マジで」



鍵屋がそう云っているのだから、仕方がないのかな――。

ワタシはそう思ったのだが、しかし、その場にいた人間は、

皆が皆、好意的に解釈してくれる人間ばかりではないのだった。

不満の声が即座に上げられた。

その声の主は、もちろん、執行官アオタである。



アオタ執行官
「まだか?

まだ時間がかかるのか?」



鍵の解錠作業が始まったはじめのあたりこそ、

大人しくその光景を見守っていたアオタだったが、

五分くらい経った頃から、表情が険しくなっていた。



アオタ執行官
「別にこんな鍵、大したことがなかろう。

大体、鍵屋!

大したことがないって自分でも云ってたじゃあないか。

ピッチングじゃないだろう、ピッチングじゃあ?」



執行官はピッキングと云いたかったのだろう。

ピッキング対策を施されているような鍵ではないのだから、

ここまで時間がかかるのはおかしい、と。

そう云いたいのだろう。

反射的にツッコミを入れそうになったが、ここはグッと堪えた。



ヨシダ
「それを云うなら、ピッキングッスよ」


アオタ執行官
「そんなことくらい分かっとる!」



アオタの怒声は、手を動かしながらもツッコミを入れたヨシダには届かず、

代わりに補助者のノジマがひぃと声を搾り出した。

って、ワタシはあえてツッコミを入れなかったのに。



それにしても、鍵が開くのは一体いつになることやら……。



……続く。

 

2007.02.06 火曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第八十七話 「強制執行の催告その13」


――やはり、鍵が開かない。

相変わらず、ヨシダは玄関ドアの前で悪戦苦闘していた。

だが、幾ら解錠しようとも、見かけ以上に屈強な錠前は、

簡単にはその口を開こうとしないのだった。

若い鍵屋は内心の苛々を抑えることは出来ないのだろう。

先ほどまで、この鍵を解錠することの難しさについて、

まるで好敵手と相対するような、対応を見せていたが、

最早その余裕はないのだろう。

時折、「くそっ、くそっ」と独り言を繰り返し、その目は若干血走っていた。

彼は彼なりにこう思っていたのだろう。

この程度の鍵は、すぐ開けることが出来る。

それなのに、それなのに――。

まだ、鍵はその口を開けることはなかった……。



鍵屋のヨシダはこのように苛立ちを見せていたが、

ヨシダ以上に苛々を露わにしていたのが、執行官である。

まさしく夏場のリゾート地をひた走るオープンカーのように、

苛立ちをフルオープンさせたアオタ執行官は鍵屋に云った。



アオタ執行官
「まだか?

さっきから時間がかかっているけれども、まだ待たされるのか?」



鍵屋は執行官の問いに応えない。



アオタ執行官
「あれか、鍵屋!

オマエには腕がないのか、腕が?」



あまりにもストレート過ぎる執行官の言葉は、

若い鍵屋の心を著しく傷つけたのは間違いなく――。

ヨシダは「ええい、くそっ!」と云い放つと、

その解錠の工具を玄関ドアに叩き付けた。

執行官は、自分の腹心の部下たる補助者に命令する。



アオタ執行官
「おい、ノジマ!

今から鍵屋は交換出来ないのか?」



話を振られたノジマは、声を裏返しながら即答した。



ノジマ
「いや、シャチョウ。

今からだとちょっと時間的に難しいかと……」



アオタ執行官
「そうか――。

今日はもう無理ってことか、ノジマよ?」



ノジマ
「はあ……。

いや、もう、シャチョウが仰ることであるのならば……」



……非常にマズイ展開である。

鍵屋が鍵を開けることが出来ない。

執行官の気分次第では、再度、仕切り直しをして、

催告自体を別の日にすると云う事態も考えられる。

もっともこの鍵屋を選んだ――実際は他の鍵屋を想定したようではあるが

――のはこちらではなく、執行官サイドである。

債権者が決めた鍵屋で解錠することが出来ないのならば、

納得することも出来ようが、今回は事情が違う。

ここは是が非でも、今日中に催告を済ませてもらわなければならない。

ワタシは執行官に主張した。



ワタシ
「いや、先生。

債権者側としては、当たり前のことですけど、

今日催告を完了させてもらいたいのですが……」


アオタ執行官
「とは云っても、鍵が開かなければ無理じゃないか。

なんだったら、代理人が鍵を開けることは出来るか?」



……。

それが出来るんだったら、最初から鍵屋なんて必要ないっての。



ワタシ
「いやあ、そんなことが出来る訳ないでしょうが。

ただ時間がかかるだけで、鍵は開けられるんじゃないですかね?」


アオタ執行官
「ただこ