レフォルマ 不動産競売必勝攻略法

    

 




対決!追い出し屋G 対 抗告屋 編

好評連載中!


物件: 木造二階建 戸建

場所: 東京都下

家賃: 15万円

占有者: 老夫婦

占有認定: 賃借人



  BACK → 第七十一話から第九十話まで

 

2007.02.22 木曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十一話 「強制執行の催告その17」



――ミッション「2階の窓を開けろ!」



今回の任務は2階の窓を開けて室内に進入することだ。

云ってしまえば、簡単なことである。

ベランダに上がるまでの進行ルートは、

大きく分けてふたつあるように思われる。

進行ルートを考えてみよう。



まずひとつめは庭にある三本ほどある木を登って、

ベランダの柵に手をかけ向かうルートだ。

木登りさえ出来れば、行けるか――?

だが、庭に自生している木の表面は、どれもトゲっぽく毛羽立っている。

しかもこの幹から飛び出すようにして出ているこのトゲは、

触ってみると石のように堅い。

刺さったら間違いなく、怪我する。

素手で登るのはきついかも知れない。

軍手をはめていても、縫い目から堅いトゲが手に刺さりそうだ。



もうひとつのルートは、この家と隣家の境にある、

ブロック塀を伝っていってベランダに至るルートだ。

家の敷地を囲むブロック塀であるが、隣接する道路との間は、

コンクリート・ブロックの段が低く、目隠しの用を為していない。

これに登っても
ベランダに到達することは出来ないだろう。

道路との境においては、

何の障害にもなっていないブロック塀であったが、

道路から向かって左隣を見ると状況は一変する。

ハヤシバラの家と隣の家を隔てるそれは、

絶壁のような高い壁となっているのだ。

その高さたるや、木造2階建の屋根まで届く程だ。

地上からの高さは、少なくとも6メートルはあるのではないか。

このような壁が何故必要なのだろう。

隣に接しているのが、嫌で嫌で仕方がない。

だが隣接しているのは事実だ。

それであるのならば、見えなくしよう。

隠してしまおう。

隣にいると云う事実を――。

それほど、大袈裟な程、ブロックが積み重なっていた。


道路に対してはオープンな、無防備であると云えさえするのに、

こと隣の家からの視線については、

過剰なまでの防衛を図っているような、そんな印象を受けた。

まさしくこれは、東西冷戦の象徴。

ベルリンの壁、か――?

どのような事情で、こんなに馬鹿高い仕切りにしたのかは、

こちらのあずかり知らぬ事ではあるが、

このベルリンの壁の上までいけば、それを伝って行き、

ベランダに十分近付いたところで飛び降りればいい。

だが、問題があるとするならば――。

このブロックをどうやってよじ登ればいいんだ。

見たところ周りには、脚立も無ければそれに代わるものも無い。

ブロックには意匠として穴は開いていない。

ロッククライマーみたいに、

そこかしこの穴に手足を引っかけて登っていくことも出来ないだろう。



――どちらにしても、登る人間は大変なものだ。



アオタ執行官
「……これは木を登っていくのが一番早いんじゃないか?」



アオタはぐるりと周りを眺め、云った。



ワタシ
「確かに木を登っていくのが一番早そうですけど。

でも、この木、トゲが凄いですよ」


アオタ執行官
「ああ、本当だな。

確かにこれを登るとなると、こりゃあ、確かに難儀だわ」



アオタ執行官は木の近くに来て、トゲを間近で見る。



ワタシ
「そうですよね。

この木が駄目っぽいとなると、

やっぱりあの隣の家のブロック塀からですかね」


アオタ執行官
「あのブロック塀は、なんだ、あの高さは?」

こんなの、地震が来たら、危ないだろ。

ブロックが崩れて、周りの家にぶちあたるだろ」


ワタシ
「まあ、それはそうかも知れませんが。

今はいつ起きるか分からない地震のことよりも、

どうやって2階にたどり着くか。

それが一番重要ですよね――」



執行官は「まあ、そうだな――」と云った。

ワタシはまた進行ルートについて思案を巡らせていた。

しばしの沈黙の後、口を開いたのは執行官である。



アオタ執行官
「……時に代理人」


ワタシ
「はい?」


アオタ執行官
「いつ2階を開けてくれるんだ?」


ワタシ
「……」



……えっ?

ワタシが2階の窓を開けに行かなくちゃならんの!?

 

2007.02.23 金曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十二話 「強制執行の催告その18」



――ワタシが2階の窓を開けに行かなくちゃならんの!?



ワタシは自分が作戦参謀にでもなったつもりで、

進行ルートの選定をしていた。

あくまでもワタシは考える役で、誰かがそれを実践する。

誰かが2階に行くのだ――。

そう思っていた。

当然のことだろうとワタシは確信していた。

だが、それであるのならば、実際に作戦行動を実行する人間は誰だ?

――と、こうなるわけだ。

執行官は、明らかにワタシが作戦立案の立場ではなく、

作戦実行者として、早々にアクションを起こすよう促してきた。

当初からワタシがやるべきことだと踏んでいたのだ。

その時になって、ワタシは自分が動く駒になる、

そんな可能性が高いことに、はじめて気がついたわけである。

うっかり八兵衛的うっかりさんにも程がある。



アオタ執行官
「ほら、早くやらないと――」



そう云ってワタシに催促をする執行官は、

「自分は責任は取らない」とすでに明言している。

年齢的にも動きがよいわけがない。

立会人に至っては、更に年寄りでなおかつ酔っ払いだ。

年齢で云えば鍵屋は若いが、執行官の軽視した視線など無視して、

のんびりとタバコをふかしているばかりだ。

ヨシダの様子からして、彼はこのような頭でいるのだろう。

オレはやるだけやったけど、鍵は開かない。

勝手にやってくれ。

ただ2階が開いていることだけは指摘してやったんだ――。

そんな風に思っているであろう彼が、

率先して面倒ごとを引き受けてくれるとは思えない。

となると――。

後に残るメンツと云えば、代理人であるワタシか、

執行補助者だけに絞られる。

それでは、ワタシが実際に2階に行く、か?

しかし、それは避けたい。

理由はいくつもある。

第一にワタシの服装はスーツだ。

木登りするにしても、何するにしても、

無茶な動きをすれば服が汚れることはもちろんのこと、

最悪の場合、どこかに引っかけて、

破れたり、裂けたりしてしまうことがあるだろう。

しかも今日、クリーニングから返ってきたばかりである。

第二にワタシはあまり運動神経がよくない方だ。

小学生の頃の体育の成績は、どんなに頑張ったところで、

「よい」「ふつう」「がんばりましょう」の三段階評価で、

「ふつう」がMAXの評価であった。

通信簿に「よい」なんて書かれることは、夢のまた夢だった。

未だに鉄棒で逆上がりが出来るかと尋ねられたら、

自信をもって「出来ます」とは云えない。

その程度の運動神経だ。

そして、第三の理由であるが――。

先ほどから背中がぞくぞくする程の悪寒が走っている。

悪い予感がするのだ。

とてつもなく悪いことが起きるような。

もしかしたら、これのことか?

ベランダに行こうとしたら、足を踏み外して落ちてしまうとか。

ああ、いかにもあり得そうなことだ。

ここは事態を回避しなければ――。



ワタシは、常に執行官の隣に寄り添っている、

執行補助者のノジマに話しかけた。



ワタシ
「ノジマさん。

ノジマさんは、執行補助者ですよね?」



何を今更な発言である。

八百屋の軒先でピーマンを指さして、

「これはピーマンですよね」と訊いているようなものだ。

ワタシの唐突な質問に、ノジマは怪訝な顔をしていたが、

「はあ、そうですが、何か?」とこれ以上ない位、簡潔に答えた。



ワタシ
「執行を補助する役目、ですよね。

上手いこと事態を円滑に進めるためにとか――」



このあたりで、ノジマはこちらの意図を感じ取った。

執行補助者は即答する。



ノジマ
「無理です、無理!

補助者は壁をよじ登るとかそういった仕事は請け負ってないです」



ワタシだって、今日中に催告を完了させたいが、

だからと云って、そんなことはやりたくない。

補助者にやってもらわなければ。

直接、補助者に云ったところで、「出来ない」の一点張りだろう。

だから、他の手を使うことにした。

ワタシは執行官に尋ねた。



ワタシ
「確か補助者の人は、たとえばなかで暴れそうなひとがいる時に、

執行官の先生に危険が及ぶのを阻止したりする役目を果たされたりとか、

そう云ったことをされてるわけですよね?」


アオタ執行官
「うん、そんなこともやるかな」


ワタシ
「それだったら、執行がスムーズに行くように、

補助者の方に今回も登っていただくことは出来ないんでしょうかね」



ワタシの問いかけに、執行官はあごに手をあて、考える風を装う。

ノジマは眼力を込めて執行官に拒否するよう、

念を送っているようだった。



そして、執行官が出した結論は……。



……続く。

 

2007.02.24 土曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十三話 「強制執行の催告その19」



――それは、こちらの主張など意に介さない結論であった。



アオタ執行官
「いや、ノジマにはそんなことはさせない」



執行官はノジマの作戦実行をあっさり否定した。

補助者はあくまでも執行官のために存在する。

それ以外の何者でもない。

決して、その他の人間に利するためにいるのではないのだ。

だから、債権者代理人がやりたいと云うことは、

自分の力で解決しろ――。

執行官はそれを一言で片付けた。

これ以上の面倒ごとを押しつけられずに済んだノジマは、

安堵した顔を見せた。

ただそれに反比例して、ワタシの顔は引きつる。

即時、不服を申し立てたが、それは聞き入れられることはなかった。



アオタ執行官
「さっきも云ったけれども。

2階の件については、代理人が自分で責任をもって出来る、

と云ったからこちらは許可したんだ。

それが出来ないと云うのならば、今日の催告はこれで終わり。

また次回、日にちを調整して、行いたいと思う」



……マズイ。

一難去ってまた一難。

これで、ワタシがやらなければ、催告は一時中断してしまう。

それは避けたい。

かと云って、自分で登るっていっても、どうすればいいんだ。

ルートがない。

怪我を覚悟でトゲのある木を登るか?

ワタシは庭木に目をやった。

トゲだらけであることには変わりないが、

幹の全部を覆うようにしてトゲはない。

選んでいけば手に刺さることはないかも知れない。

ただよじ登る時に確実にシャツやスーツのズボンは引っ掛ける。

じゃあ、ズボンを脱いで、木登りするか?

いや、駄目だ駄目だ。

スーツの上着を脱いで挑戦することは出来ても、

下を脱ぐのはいい大人のすることではない。

傍から見ればただの変態野郎だ。



じゃあ、やっぱり、隣家の壁の方から攻めてみるか。

ワタシは庭先から高くそびえたつ壁を見上げる。

ベルリンの壁。

あれは、よじ登れない。

それは不可能なように思われる。

だとすると、進行ルートがあるとすれば、どこに突破口がある?

入り口なし、か。

そう思われたのであるが、ワタシはひとつ気がついた。

ベルリンの壁のその先、隣家の玄関の脇に電柱が立っている。

この電柱を壁と同じレベルまで上っていって、壁に飛び移れば?

だが、電柱と壁の間の飛び移らなければならない距離は、

ざっと1メートルはあるか。

飛んだところで着地地点は、不安定なブロック塀の上である。

足を踏み外して、まっ逆さまに落ちていく可能性もなくはない。

むしろ、自分の神経を考慮すれば、

その可能性はかなり高いものだと推測される。

うーむ。

ワタシは悩んだ。

云うは易し、行なうは難し。

そこまで自分がリスクをとって、

催告を続行させる必然性はあるのだろうか……。

瞬時にいろいろなことが頭を過ぎる。

そして、とうとうタイムリミットに到達したようだった。



アオタ執行官
「代理人。

せっかくだけど、出来ないと云うことならば、これで終わり。

おい、ノジマ!

今日は終わりにするぞ!」



アオタの撤収宣言が高らかにされた、そこにひとつの声が飛ぶ。

「こんなの簡単じゃねーか」

その声の主は、他ならぬ……。



……続く。

 

2007.02.26 月曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十四話 「強制執行の催告その20」



――その声は、ヨシダのものであった。



ヨシダ
「こんな簡単なことでうだうだしなくていいじゃん」



ヨシダはフカしていたタバコを足でもみ消した。

一瞬の空白の後、ふんと鼻を鳴らした執行官が

小馬鹿にした表情を浮かべ、云った。



アオタ執行官
「……オマエに出来るのか?」



鍵屋なのに鍵も開けられないオマエが何を云っている、

とでも云いたいのだろうか。

執行官は鍵屋に睨みをきかせていた。

ヨシダは長いため息をつき、両方の掌を空に向けた。

外国人にありがちな、大袈裟な「Oh! No!」
ジェスチャーだ。



ヨシダ
「だから、ヨユーだって云ってるじゃん。

ちゃんとひとの話聞いてる?」



鍵開けの時よりも、数倍、自信のある言葉を口にする鍵屋であった。

そのような発言に執行官は、「この小僧、余計な口出ししやがって」

と云いたげな顔である。

執行官は再び鼻を鳴らした。



ワタシは思った。

これは――。

こちらにとってチャンスである、と。

若い鍵屋は、オレには関係ないことだとばかりに、

鍵開け以外、自分の仕事の範疇ではない――

と考えているのではないかと思っていた。

彼が作戦を実行してくれる可能性はないと断定していた。

頼みの執行補助者は早々と逃げを打ったし、

執行官もそれを認めた。

ワタシがやるしかない、もしくは今日の催告は終わり、

と云うところまで追い込まれた。

だから、これは嬉しい誤算である。

ワタシとしては、彼が2階までのルートを確保してくれる、

と云うのであれば、願ったり叶ったりだ。

ここは彼の気が変わらないうちに、

実行してもらうのが吉だろう。



ワタシ
「それじゃあ、ここは鍵屋さんにお願いしたいと思います」



ヨシダはワタシに向かって、 「おうよ」と親指をビシッと立てた。

オレに任せておけ――。

執行官はヨシダのやる気にこれ以上干渉しなかったので、

渋々承知した模様である。

早速、行動開始する鍵屋であった。

彼は門扉から外に出るとスタスタと隣家の方に向った。

ベルリンの壁が高くそびえ立つ方である。

端から木登りルートなど、想定していないようだ。

ちなみに彼が向かう家の逆にある隣家の壁は、

道路の方と同じ高さの段だ。

そちらからは2階のバルコニーへは行けない。

彼は隣家の門の近くにある電柱をするするとよじ登ると、

そこから一気にベルリンの壁の上に飛び移った。

電柱と壁の間にはそれ相応の空間があるのだが、

彼はまったく躊躇していなかった。

一切、臆することなく飛び移ったのであるが、

流石にブロック塀の上に着地した衝動で、少し足下がふらつく。

だが、すぐさまバランスを取った。

落下と云う事態を避けられた彼は、塀の上の高さをものともせず、

バルコニーの方に向かうと、

今度は壁からバルコニーへと飛び移ったのだった。

ヨシダはバルコニーから下を見下ろすと――。



ヨシダ
「ほら、ヨユーだって云ったとおりっしょ?」



彼が得意満面な笑みを浮かべても、

誰からも文句ひとつ出ない程、鮮やかだった。

もし、この一連の流れをアメリカ人が、それこそ、

さっきヨシダがとったジェスチャーをしつつ、

「Oh! No! ジャパニーズ・ニンジャ!」とでも云いそうである。

実際、執行官の小馬鹿にした表情が彼が飛び移った瞬間、

驚きの色に一転した。

そして、誰にともなく、独りごつのであった。

「あいつ、鍵開けの腕は無い代わりに、泥棒の腕はあるようだな……」



それにしても――。

自分でやらなくてよかった。

いざ、実際にやったら……。

ワタシは高い確率で着地に失敗していたところだろう。

そりゃあ、補助者もやりたくないのは当然だな、

と今更ながら納得したのであった……。



……続く。



<WEB拍手のお返事>

2/25 11時
引かない姿勢にとても共感できます


引いたら、それで終わりですからね。

出来る限り、終わらないように進めたいものです。

 

2007.02.27 火曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十五話 「強制執行の催告その21」



――ヨシダは得意げな声で云った。



ヨシダ
「ほらほら、鍵屋のオレが2階から入っちゃうよ」



ヨシダは鍵屋だと云うのに、施錠されている鍵を開けられずに、

開いている2階の吐き出し窓に手をかけた。

2階への忍者の如き動きは特筆に値すべき事柄であったが、

よくよく考えてみれば、解錠にはノータッチと云うことは、

鍵屋の本分としては、おかしな話である。

だが、それに対してワタシが異を唱えるつもりは毛頭無い。

ワタシの代わりに手足を動かしてくれたのだ。

むしろ、感謝の一念を持たなければならないし、

労をねぎらう立場であろう。

クレッセント錠は留め金に降ろされておらず、

ガラガラと音を立て、簡単に開けられた。

そのまま、室内に入ろうとしたヨシダであったが、

「ちょっと待った!」とねるとん紅鯨団よろしく声を上げ、

進入を止めたのは執行官である。



アオタ執行官
「おい、鍵屋!

なかに入るときは勝手に入らず、 ちゃんと声かけして!

もしかしたら、中にいるかも知れないから」


ヨシダ
「え、声かけるって。

じゃあ、何て云えばいいのさ?」



自分の勢いに水を差されたとでも思っているのか、

ヨシダは途端に機嫌の悪い声を出した。



アオタ執行官
「声かけって云ったら、あれだろ。

おじゃまします、とかだろ。

小学生の時、習わなかったか?」


ヨシダ
「オレは小学校もまともに通ってなかったんでね」



ヨシダはそうぼやきながらも、

執行官が云ったとおりのセリフを開けた窓越しに云った。

執行官はついでにこれも付け加えろとばかりに、

「裁判所の方から来ました」と云うフレーズを伝えた。

面倒臭そうに同じ言葉を繰り返すヨシダであった。

しかし、ヨシダの言葉は、室内に虚しく響き渡るだけで、

誰からも返事は返ってこなかった。

ハヤシバラは、家にはいない。

いたとしても、この騒ぎで姿を現そうとは思っていないのだ。

籠城する腹づもりなのだろう。

ヨシダは「もう、いいだろ? こんなアホみたいなこと」

と執行官に云った。

執行官も家のなかには誰もいない、もしくは、

呼びかけても誰も出てこないと踏んだのだろう。

鍵屋に「家に入るときはちゃんと靴を脱いでおけよ」

とだけ返した。

「へいへいへい」と履き潰したスニーカーを脱ぎ、

窓から部屋の中へと入った。

鍵屋は、階段を降り、玄関ドアを内側から開けた。



ヨシダ
「ほら、鍵、開けたよ」



鍵を外側からではなく、内側から開けた鍵屋は、

どこかしら誇らしげであった。

その姿は、やっぱり本来あるべき姿ではないと思ったのであるが、

やはり開けてくれたことは単純にありがたい。



どうにかこうにか、障害はクリアした。

さあ、これから催告本番だ――。

俄然、心の内で盛り上がるワタシ。

しかし、最大の障害だと思われた閉ざされた玄関ドアよりも

もっと大きな、そして高い壁が室内にあったのだった。

もちろん、この時のワタシは全く知る由もなく……。



……続く。



<WEB拍手のお返事>

2/26 22時
面白かったです。文才あるね!  by 駆出し競売担当者


おもしろければ、それがなによりです。

 

2007.02.28 水曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十六話 「強制執行の催告その22」



――
ようやく、開け放たれた玄関ドア。

執行官は玄関ドアの三和土(たたき)で靴を脱ぎながら、

室内に向かって云った。



アオタ執行官
「裁判所から来た者ですけど。

ハヤシバラさん、中入りますよ。

いいですか?

出てくるのならば、今のうちですよ」



――やはり、答えはない。

執行官は「それじゃあ、遠慮無く」と呟いた。

靴を乱雑に脱ぎ捨てたアオタ執行官は、

2階の窓から入り玄関を開けた鍵屋の脇を通り過ぎしなに云った。

「次は、泥棒の腕だけじゃなくて、鍵開けの腕も磨いておけよ」

ヨシダは小声で「うるせえよ、ジジイ」と文句を垂れると、

手にしていたスニーカーを思い切り三和土に叩き付けた。

突っかけるようにして靴を履くと、さっさと外に出るのであった。



鍵屋のヨシダと入れ違えるようにして、

ショルダーバックをたすき掛けにしたノジマは、執行官の後を追った。

執行補助者としての職務を果たそうとしているのだろう。

ノジマは「重い、重い」とひいひい云いながらも、

未だ泥酔状態にある立会人を引きずるようにして、

玄関に立ち入っていた。

立会人はその名のとおり、執行官の職務に不適切なところがないか、

経緯を見守るために存在する。

だから、彼はわざわざ外で寝っ転がっていた立会人を

室内に運び込もうとしている。

実際にはチェック機能を果たさなかったとしても、

形ばかりの体裁くらいは繕おうとしているのだろう。

補助者は「ちっとはオマエも手伝えよ」とばかりに、

こちらの方を一瞥したが、ワタシは彼の視線から目を逸らした。

先程、こちらの2階進入大作戦の要望をむげに断られたのだ。

ワタシにも断る権利と云うものがあろう。

ノジマはと云えば、恨めしそうな顔をしつつ、

立会人を抱え込みながら、靴を脱ごうとしている。

両手がふさがっているので、とてももどかしそうだ。

立会人はと云えば、補助者の苦労など露知らず、

体を任せきりにしたまま、横たわっていた。

すうすうと寝息が聞こえていなければ、

どこに出しても文句の付け所がない、立派な死体である。

引きずられながらも、それでも目を覚ますことなく寝ている立会人。

それは、年のせいか、それとも酒のせいか――。

いずれにせよ、だ。

他人の苦労はどうであれ、夢の世界に旅立っている当人にとっては、

今がとても幸せな時間を送っているのだろうな、と思った。

そして、立会人とは異なり、現実の世界において、

決して幸せな時間を送っているとは云えないノジマである。

自分の靴をようやく脱いだ彼だったが、

今度は
立会人を立ち上がらせようと四苦八苦していた。

だが、靴を脱がせるだけで精一杯であったようだ。

結局、ノジマは立会人を室内にまで連れて行くのを諦め、

玄関の段差に座らせるような形で、壁にもたれかけさせると

「シャチョウ、立会人、玄関ら辺に放っておきますよ」

と執行官相手に情けない声を出すのであった。

補助者に見捨てられた立会人。

それでも気付くことなく、立会人は、安らかに寝息をたてている。

まともに活動が出来るまで、まだ時間がかかりそうだ。

補助者が放置するのも、無理はないことなのだろう。

ただ――。

立会人の意味、全くなし。

これで正規の立ち会い料が支払われると云うのならば、

これ以上のボロい商売はない。



ワタシは補助者の次に家の中に立ち入った。

玄関先に入っただけで、室内の空気が外とは違う。

臭いが違う。

鼻にじーんと来るこれは、生活臭と線香の臭いが入り交じった、

云うなれば、田舎のおばあちゃんちの臭いだ。

東京都下のこの家を田舎と呼ぶかどうかは別として、

おばあちゃんちと云うのはそのとおりだろう。



一応、部屋に立ち入った際、返事が来ないことを分かっていて、

「お邪魔します」と云った。

ただワタシは所有者会社の代理人であり、

この家の占有者は賃料を支払わない賃借人である。

頭の片隅で「どっちがお邪魔なんだよ」

と軽いツッコミを入れたのは云うまでもなく……。



……続く。



<WEB拍手のお返事>

2/28 14時
毎回楽しみにしてます!今回も物足りないくらいです。


今回も物足りないかもですが、次々回あたりには、

家のなかで何が起きていたかが明らかにされる――はずです。

 

2007.03.02 金曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十七話 「強制執行の催告その23」



――
補助者の仕事は執行官のサポートをすることに尽きる。

書類書き等の細かい雑務を執行官に代わって行ったりする。


ただ今回、補助者であるノジマは、 もうひとつの仕事をこなす必要がある。

強制執行の実務を担当する執行業者としての役割だ。



今日は強制執行の催告を行っている。

むろんのことながら、催告はあくまでも催告であり、

実際に荷物を運び出して――などの断行は行われない。

この段階では、担当執行官が強制執行を債務者である占有者に対して、

「いついつまでに退去しなさい。

さもなければ、強制的に荷物を外に出して追い出すことになるよ」

と云った予告をするに止(とど)まる。

催告を行って相手方と直接アプローチをかけることにより、

債権者が申し立てたとおり、相手方の占有が執行官により認められれば、

最終的に強制執行断行へと手続きが進むのだ。

それでは実際に強制執行の断行が行われるのは、いつか?

その日時は、催告の結果を踏まえて決定されるのだが、

余程の理由がない限り、催告の日から四週間以内には行われる。

運命の日は、占有者の在宅や不在を問わずして、決められる。

室内に執行官が来た証であり、

強制執行の日時や何月何日までに退去せよ、

と命令が記載された書類が貼られる。

この書類が公示書である。

執行官は公示書に記載した期日に確実に行動を起こす。

掲示された公示書を目の当たりにすることで、

占有者は、自身が退去しなければならないその日までの、

カウントダウンが始まったと確実に知ることになるのだ。



もちろん強制執行の日が来た段階において、

債務者たる占有者が一切合財のモノを外に出し、

自主的に退去してくれれば、それに越したことはない。

強制執行が断行されたとしても、

「空き室だね」と執行官が空室だと認定して話が終わる。

だが、皆が皆、大人しく退去してくれるわけもなく――。

占有者の中には断行の日であったとしても、

平然と普通に日常生活を送っている人間もいる。

強制執行が行われる日だと云うのに、

占有権原がミジンコ程の微塵たりともないのにもかかわらず、だ。

占有者以外にも、その人間の持っている生活品や家財道具が

家の中に当たり前のように鎮座していることもある。

だが、この問題は簡単に解決出来る。

何故なら、強制執行が断行される日において、

占有者からどのような理由を述べられたとしても、

執行官は情状を酌量することなく、占有者本人はもとより、

彼ら彼女らの持つ動産類をすべて外に出すからだ。

もっとも「執行官が外に出す」と云っても、

実際の作業を執行官が行うわけではない。

モノを運び出すために人夫やトラックを手配する人間が必要となる。

その実務を担うのが執行業者であり、ノジマの仕事なのであった。



ノジマと執行官は、玄関からすぐ、

引き戸を開けたところにある、リビングと云うより、

茶の間と云った方が適切な部屋に入った。

ワタシも彼らの後に続く。

そこは和室であったが絨毯が敷かれ、その上にはこたつと、

古ぼけた小型テレビを載せた棚が置かれていた。

あとは脇に紀州ミカンと書かれた段ボール箱が無造作にあった。

玄関先にいた時もおばあちゃん臭がしたのだが、

この部屋に至ると、その臭いはもっと強烈なものとして感じられた。

部屋に入るとすぐ様、ノジマは、彼の上司然とした執行官から、

命令を受けていた。

早いところ、郵便やライフラインの明細書を探せ――。

催告が行われた際、一体誰が主体的に占有しているか、

それを調べることが、占有認定を行うための、最も重要な作業となる。

引渡命令の正本が出されている段階で裁判所は、

その物件に対する占有者の占有認定はなされているのであるが、

執行官もその目で占有状況を確かめることにより、

二重のチェックが働くのである。

郵便物や電気、ガス、水道の料金の請求書や明細書の
宛先が、

きちんと引渡命令正本のとおりの債務者名義になっているか。

その確認を経た上で強制執行の断行への道が拓かれる。

ノジマが家捜しをしている傍らで、

執行官は人目をはばからず、あくびをしていた。

――もう、飽きた。

早く家に帰って、酒でも飲んで寝てしまいたい。

そのようなところだろうか。



茶の間は、キッチンとふすまで閉じられた部屋に隣接している。

せっかく家に入っているのである。

現在の状況をリサーチしておくのも、ワタシのひとつの仕事だろう。

そのためには出来る限り、くまなく室内を見ておかなければ。

ワタシは、何気ないふりを装って、ふすまを開けた。

隣室は、和室の続き間であった。

窓にカーテンが閉められ、照明は点いていない暗がりであったが、

その奥で、ワタシは見つけたのだった。

驚くべきものを……。



……続く。

 

2007.03.06 火曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十八話 「強制執行の催告その24」



――続き間となっている和室の奥に、それはあった。

それは、薄暗いこの部屋に当たり前のように所在し、

ワタシの目の前に存在する空間に合致するものであった。

それはそこにあって、おかしいことではない。

何の変哲もない、当たり前の光景である。

だからこそ、それの持つ意味が分からなかった。



ワタシがこの場で目の当たりにし、

後に驚愕することとなるものであるが、

それは――もちろん、死体そのものではない。

目前にあるこの光景が普段の生活にはない、

非日常的なものであれば――。

たとえば縁起が悪いことこの上ないが、

首つり死体がぶら下がっているとか、

畳に刺殺体が転がっており、血の海が広がっているとか……。

そういう類であれば、一瞬、混乱状態には陥るだろうが、

こちらも若干の修羅場はくぐっている人間だ。

すぐに正気を取り戻し、現場保存に努め、

警察に通報すると云った適切な対応を取る。

この場では、執行官に仕切りを入れてもらう。

少なくとも、一瞬とは云え、当然の如くそこに存在している――。

ただそれだけしか把握しないと云うことは、流石にない。

それに壮絶なる死とは、仮に自然死であっても、

当たり前に存するものではない。

決して身近に存在するものではない。

ワタシの行っている立ち退きの実務は、

死を目前にする機会が多い特殊な仕事ではない。

もっとも同業者のなかには、職務の最中、

縊死だの出血死だの餓死だの焼死だの遺体と遭遇したことを

半ば武勇伝のようにして得意げに語る人もいるが、

ワタシにはその神経がどうにも解せない。

人の壮絶死を目の当たりにすることが、

自分にとって勇ましい体験であると感じたとしても、

それを軽々しく口にする必要性が一体どこにあるのだろうか。

自分に与えられた恐怖を相手と分かち合いたい、

とでも云うのだろうか。

いずれにせよ品の良い趣味ではない。



とにかくこの部屋にあるものは――。

床ずれの跡のある畳や散らかされた新聞や折り込み広告の山、

年代物の茶箪笥、竹細工で出来た籠、

折り畳み式の小さなテーブルの上に載っている急須や茶碗、

そして、奥に鎮座しているそれに至るまで、

この部屋の風景の一部として馴染んでいた。

どれもが空間に溶け込み、一体化していた。

だが、当然の光景なのにもかかわらず、

ワタシの胸騒ぎは止まることを知らなかった。



それを――。

それを間近で見たのは、いつの頃だったか。

振り返ってみるに、小学生の夏休みの時に行ったきり、

泊まりに行くことはなくなった、母方の祖母の家であった。

夏の暑い盛り、蝉の音を聴きながら、

陽の当たる縁側でスイカを貪り食っていたあの日。

明るい縁側とは対照的に

陽の差し込まない奥にそれは置かれていた。

その存在は、部屋を支配しているかのように大きく見え、

小学五年生の自分にとって、それはただただ恐怖の対象だった。

それは人の死を感じさせるものでもあり――。

そうだ。

思い出した。

小学生の時分、ワタシが母親に連れられて、

祖母の家に行ったのは、祖父が死んだからだ。

祖父は老衰で亡くなった。

幸せなまでの大往生だった。

縁側のあるその部屋で静かに息を引き取ったと云う。

そして、祖父が死んだ後も、祖父の姿はその部屋にあり続けた。

ワタシは怖かった。

優しかったはずの祖父の姿があることが、

ただひたすらに恐怖の対象であったのである。

小さい頃の自分にとって、

死と云うのはまるで遠い国で起きている戦争のようであった。

絶対的に自分とは無関係な存在である。

そう確信してならなかった。

関係ない存在だ。

そうでなければならない――にもかかわらず、

自分の肉親が死に直面したとき、

少なからず自分の手の届く範囲で

死の片鱗に触れてしまったこと、そして、

ワタシに死の存在を身をもって知らしめた祖父に、

とてつもない恐怖心を覚えるのであった。

死の存在。

人は死んだらどうなるのだろう。

無に返るとはどんなことなのだろう。

いろいろな思いがぐるぐると頭を回り――。

ただ怖いのならば、ただひたすらにそれを避け、

恐怖の源泉に近寄らなければよいのだけれども、

不思議と完全に拒絶することも出来ず――。

一言で云えば怖いもの見たさと云うことかも知れない。

心の内で、生と対比する死に対して、

並々ならぬ興味が沸いてきたのだろうとも思う。

ワタシは、明るい縁側を神か何かに守られている、

神聖なる安全地帯だと夢想した。

自ら定めたセーフティーゾーンに身を置き、

部屋の奥にあるそれを飽くことなく眺めていた。

毎日毎日、結局、東京の自宅に戻るまで、

それに抱かれていた祖父の姿を飽くことなく眺め続けていた。

以来、ワタシの中で、田舎のおじいちゃんちは、

田舎のおばあちゃんちに取って代わられた。

祖父の家ではなく、祖母の家になった。



死んだはずの人間がそこにいた――と云っても、

無論のことながら、オカルスティックな話ではない。

死んだ人間が生き返る。

そんな非日常的なことは、この世に起きることがない。

小学生だから、現実と空想がごちゃ混ぜになったと云うことでもない。

それは、そこにある。

ただそれだけのことであり、話を聞いてしまえば、単純なことである。

それとは一体――。



ワタシは、小学生の祖母の家にあったそれを思い返し、

祖父の顔を思い起こし――。

そして、気がついたのである。

この部屋にいることを――ハヤシバラがいることを、だ。



ワタシは、開けたふすまを再び閉じた。

ひとつため息をつく。

和室にあったもの――。

それは、湿った和室の奥に鎮座する年季の入った仏壇であり、

そこで灰になった線香と共に飾られていた遺影は、

他でもない、ハヤシバラ本人のものだったのである……。



……続く。

 

2007.03.07 水曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第九十九話 「強制執行の催告その25」



――ハヤシバラは、すでに死んでいた。



交渉が決裂したあの日――。

それから、まだ大して日にちが経っていないと云うのに、

交渉相手はこの世にいない存在となっていた。

にわかに信じることの出来ない話だ。

話を聞いている人もそう思うだろうが、

第一、ワタシ自身が狐につままれた――そんな錯覚に陥っていた。

作られた話のように、あまりにも出来過ぎているストーリーであり、

下手なジェットコースタームービーみたいな展開だ。

続きの和室――仏間の遺影にある彼の顔は、

頬に肉がだぶつくくらいふっくらしており、つやつやと赤みを帯びていた。

先日、会ったハヤシバラの暗く青白いあの顔――。

喫茶店でのやせ細り、険しい表情の彼の姿とはかけ離れている。

だが、頭の禿具合はまさしく先日ワタシが会った彼そのままだった。


ハヤシバラは、何の迷いもない表情で、満面の笑みで写っていた。

彼の――幸せな頃の一枚と云うところか。



何とも心の置き場所を失い、平衡感覚を失った感がした。

ワタシは、目眩を起こしそうになった。


彼はすでに死んでいる。

でも、もしかしたら――。

彼は本当に死んでいるのだろうか――と頭のどこかで思った。

占有者が死んでいると見せかける競売妨害が行われている可能性。

それは絶対にない、とも云い切れないのではないだろうか。

しかし――。

ハヤシバラの死亡の確認は役所で調べれば分かる。

簡単とは云えないが、少し行動力を発揮すればすぐに分かる嘘である。

バレるリスクの割には、あまり有意義な方策とは云えないだろう。

それとも多少なりとも時間稼ぎをしたいのか。

――考えにくい。

仏壇に遺影と位牌が供えられているのだ。

これで役所に死亡届を出していないと云うのは考えにくい。

実際に彼は死んでいる――のだろう。

そう考えた方が現実的だ。



ワタシはその場で起きていた現実を遮断するかのように、

一度、開けたふすまを閉じた。

自然とため息がでた。

執行官と補助者が占有認定を行うべく証拠探しをしている。

その姿を呆然と眺めていたのだった。



アオタ執行官
「おい、あったか?」


ノジマ
「いえ……。

この部屋には、なさそうですね」



彼らは――実際に動いているのはノジマだけだったが、

部屋の中からハヤシバラ宛の郵便物や請求書を探していた。

最初はなるべく部屋に置かれた物を出来る限り動かさないよう、

注意深く探索していたようであるが、

目的の物が見つからないことに苛立ちでも覚えたのだろう。

まだ昼間でカーテンが開けられていたこの部屋には、

陽が差していたと云うのに蛍光灯を点け、

慎重さが欠ける手つきで部屋を漁っていた。

タンスを開け、棚にあった紙入れをひっくり返す。

だけど、見つからない。

和室の隣のキッチンに行って、

物入れを開けても探し物は見つからなかった。



ノジマ
「……他の部屋、探しましょうか」



アオタは「どうでもいいから、早くやれ」とノジマに命令を下す。

ノジマは「はっ、分かりました」と最敬礼せんばかりに答えると、

ふすまの前に立っていたワタシを押し退け、両手でバンと開けた。

窓にはカーテンが閉じられていたため、

暗がりが出来ていた仏間に明かりが差し込む。

先程は分からなかったが、四畳半程度の思った程、

大きくない部屋だった。

彼はドタドタと家探しの延長戦を続け、ようやく見つけたのである。



かくして、ノジマは第二発見者となったのだった……。




……続く。



<WEB拍手のお返事>


3/6 16時
いやぁ、いよいよ続きが待ち遠しいです。


待ち遠しくなってもらえれば、それはそれで嬉しいことです、はい。

3/6 16時
小説家にもなれますよ!


文章書くのは好きですが、見直すことは嫌いなので、

駄文書きだったらなれそうな気がします。

3/7 16時
すげー!たぶん自分なら相手に呑みこまれただろうに。


交渉ごとは作戦を持っていかなければならない。

そう思って話し合いを行ってますよ。

 

2007.03.09 金曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百話 「強制執行の催告その26」



――
無論のことではあるが、ノジマはハヤシバラの顔など知らない。

元々個人的な知り合いであるとかいった類の、

余程、奇遇なことがない限り、

この家にいる人間のなかで生前のハヤシバラに会ったことがあるのは、

これまで占有者交渉を行ってきたワタシだけだろう。

だから、ノジマがドタドタと不躾に仏間に入り込んだ時、

すぐさま、この部屋の主の如き仏壇に飾られている、

ハヤシバラの遺影が目に飛び込んだとしても、

ワタシとは違い、彼は少しも驚きはしなかった。

彼としてみれば、それはそこにあるべき――。

当たり前のものがあるとだけしか認識しなかったようだ。



ノジマにとっては、そんなものよりも、

もっと気にしなければならない、重要なことはただひとつ。

ボスである執行官の機嫌を損なわない程度――さほど、

時間が経っているようには思えないが、

すでに苛々度数は上がってきているようだ――ために、

早いところ、目的のブツを見つけることである。

その一念で、彼の手は休むことなく動いていた。

線香と加齢臭とが混ざり合った独特な臭いのなか、

彼はなかなか見つからない焦りの表情を見せながらも、

慌ただしげにタンスの引き出しを開け、中を探っていた。

そして、仏壇の隣にあるタンスの二段目を開けたところで、

ようやく、彼の顔が明るくなったのであった。



ノジマ
「シャチョウ! ありましたよ、ありました!」



ノジマは、海賊が絶海の孤島で宝物を見つけたように、

もしくは、糸井重里が赤城山で徳川埋蔵金を発掘したかのように、

非常に浮き浮きとした声を上げた。

彼が開けた引き出しには、多数の手紙や封書の束があり、

そこにはハヤシバラのフルネームが記載されていた。

届いた日付も何年も前の古いものではなく、

ここ一ヶ月以内の消印となっている。



アオタ執行官
「……ふん、ようやく見つかったか」



アオタはノジマから戦利品とも云うべき葉書と書類の束を掴むと、

一枚一枚、さらりと宛先を目にしながら、独り言のように云った。



アオタ執行官
「えーと、これはハヤシバラ……これは本人っと。

これも本人だし、こっちも本人。

それと、これは……。

ハヤシバラ、ミヨコ?

これは、あれか――。

旦那の奥さん?」



執行官から急に質問を振られた。

ハヤシバラが死んでいることで頭がいっぱいになっていたので、

自分に回答を求められていることに気が回らなかった。

再度、尋ねられた時にようやく問いに気付いたワタシは、

「ああ、ええ……」と曖昧な返事をした。



アオタ執行官
「まあ、旦那の奥さんだったら、占有補助者でいいか」



そういえば――ワタシはハヤシバラの奥さんには会ったことはあるが、

ただ彼女の名前を知らなかった。

在りし日のハヤシバラは、自分たちは夫婦二人暮らしだと云っていたから、

それをそのまま信じるのならば、ここにある女性名は、

奥さんであると推測することが出来る。

間違いではないだろう。



執行官に葉書を引ったくられたノジマは、

仏壇の遺影と位牌を何度も何度も見返していた。



たとえば家族で占有されている場合――。

主たる占有者として、

世帯主だけに対して引渡命令を取得することが多い。

実体的に占有を行っている世帯主が占有者と認められれば、

その扶養家族は補助的に占有をしていると想定される。

今回のケースでも、ハヤシバラ本人のみに引渡命令を申立ており、

その妻に対しては個別に引渡命令をとってはいない。

通常であれば、執行官が占有を認めれば、

相手方がこの場にいようがいまいが、

その場で強制執行断行の期日が決められ、

公示書が作成された上に室内に掲示されて、終了する。



アオタ執行官
「じゃあ、これで期日を決めるか、ノジマよ――」



アオタ執行官がノジマに声をかけたその時。

「ちょ……ちょっと待ってください、シャチョウ!」

とノジマが上ずった声でそれを止めたのだった……。



……続く。



2007.03.20 火曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百一話 「強制執行の催告その27」



――
ワタシは無意識のうちではあったが、

位牌や遺影を執行官の位置から見えないよう、

仏壇の前に立ちはだかり、彼らからの視線を遮っていたように思う。

これは彼らにハヤシバラの死を知らせず、

強制執行を続けたいと云う想いよりも、

むしろ、単にワタシ自身の目から、この奇異な現実を隠したかったからだ。

しかし、占有者名が書かれた郵便物を探すノジマは、

ワタシのブロックなど物ともせず、仏壇の隣にあった物入れを漁っていた。

その時、彼は仏壇にも目を遣り、遺影を何度も見返していた。

かくして、彼は気が付いたのだった。




あわてふためいた声を上げる補助者に執行官は、

まるで自分の部下を諫める上司のように、

「何をそんなに喚いているのだ、オマエは?」と呆れ顔で云った。



ノジマ
「これですよ、これ!」



ノジマは、興奮した面持ちで遺影を指さした。

だが、執行官は呆れた表情を変えずに、ノジマをたしなめた。



アオタ執行官
「ふん、だから、これって云われても、それだけで分かるか。

その写真がどうかしたのか。

それはただの遺影だろうが」


ノジマ
「いえ、シャチョウ!

だから、この遺影を、位牌を見てくださいよ。

これ、最近なんですよ!」


アオタ執行官
「だから、位牌がどうなんだって!

最近、どうなんだって!」


ノジマ
「だーかーらー、死んでるんだって!

一ヶ月以内に!」



「勢い余る」――この言葉は、

まさにこのシチュエーションで使われるべき言葉だと云えよう。

自分にとって恐れおののく対象たる執行官と話していると云うのに、

最後のあたり、タメ口になっていた。

ノジマは、流石に余計な言葉を口にしてしまったと感じたのだろう。

タメ口の後、目を見開き「あっ」と漏らすと、顔色をみるみる青くさせていた。

マズイ、シャチョウを怒らせてしまう――。

一生の不覚――。

だが、ここでノジマは今日の幸運をすべて使い果たすことになる。

ノジマが口を滑らせてしまったと「あっ」と思うのと同時に、

執行官も「あっ」と口をあんぐりとさせる程驚いていたので、

ノジマのタメ口のことなど、気が付かなかったか、気に止めなかったか。

いずれにせよ、執行官はノジマの失言を言及するに至らなかった。



アオタ執行官
「これは――債務者か?」


ノジマ
「恐らく、そう思われます」



一ヶ月以内にこの遺影の主が死んでいる。

それでは主は、誰だ?

この家は夫婦ふたりで占有されている家だ。

遺影はどこからどうみても、男である。

従って消去法で考えれば一目瞭然。

夫婦のうちの旦那の方――。

すなわち、ハヤシバラ本人であることは明白だ。



ノジマは仏壇に手を併せ、

そして、位牌を手に取るとひっくり返して裏面を見た。

ああ、と複雑な顔をしながら、元の位置にそれを戻した。



ノジマ
「……間違いありません。

名前が書いてありました」



位牌の俗名は、まさしく彼の名前――ハヤシバラの名前であった。



ノジマ
「しかも、これ……」



鞄からクリアファイルを取り出し、


強制執行申立書類をチェックしていたノジマは、

首を横に振りながら、続けた。



ノジマ
「引渡命令発令の前日に死んでます」



……続く。

 

2007.03.23 金曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百二話 「強制執行の催告その28」



――ハヤシバラが死亡したのは、引渡命令が発令された前日であった。

この事実を聞くやいなや、執行官は、

「あちゃあ」と声を漏らし、右手で自分の額をペンペンと叩いた。

「オーノー!」と云いつつ、両掌を天に仰がせるポーズが

欧米人的オーバーリアクションとするのならば、

執行官のそれは、いかにも日本人的である。



アオタ執行官
「こりゃあ、駄目だな」


ノジマ
「駄目ですね」



彼らは互いに顔を見合わせると、

まるで悟りでも拓いたような表情でしばらく頷きあっていた。

この状況たるや「目と目で通じ合う」と云ったところか。

これから事態は一体どのように進展するのか。

交渉相手の死と云う、少なからず受けた衝動から立ち直り、

自分なりにその行方を見据え、シミュレーションし、

いち早くその先の対策を取らなければならないのに……。

目と目で通じ合う――。

何故だか、この時のワタシの脳裏には、

工藤静香の『MUGO・ん…色っぽい』のあの部分のみが、

繰り返し再生されていた。

まともな思考が妨害されていた。



アオタ執行官
「あのねえ、代理人」



補助者との意思疎通を終了させたのだろうか。

おもむろに執行官はワタシに話しかけてきた。

工藤静香エンドレスリピート中のワタシは、

自分では「はあ」と返したつもりだったが、実際は「はにゃあ
」であった。

強制執行の場で、しかも占有者がこのような状況であり、

どこからどうみても立派なシリアスな場だと云うのに……。

「はにゃあ」って。

皆が火曜サスペンス劇場やってるのに、

ワタシはひとりで「おーい!はに丸」かよ!

教育テレビかよっ!

ワタシは、気まずかったせいか、半笑いの表情を見せていただろう。

だが執行官は何一つツッコミを入れることはせず、

当たり前のようにワタシのはに丸王子っぷりを放置した。



アオタ執行官
「今日の執行はもう、駄目だよ。

中止だよ、中止」



アオタは醒めた声で、云い切った。

ワタシは執行官に尋ねた。



ワタシ
「今日はもう、終わりですか?

だとすると、次はいつになりますか?」


アオタ執行官
「次って、次はないよ」



……次は、ない?



ワタシ
「次がないと、これは一体どうなるのですか?」


アオタ執行官
「どうなるもこうなるも……。

また一からやり直しだよ。

とにかく、ここから即刻、撤収!」



執行官に追いやられるようにして、ワタシは外に出された。

外で鍵屋のヨシダは電柱にもたれかかりながら、のんきにタバコをふかしていた。

「あれえ、もう終わったの?」と誰にともなく、のんびり云う。

執行官が外に出るのを確認すると、

ノジマは占有者宅の玄関で寝ていた立会人を外に引きずり出し、

間髪入れず、素早く鍵屋の元に寄った。

そして「さあ、元のように鍵を閉めて」と命令する。

鍵がかかったドアを開けたのならば、

帰るときには、また同じく鍵を閉めなければならない。

「へいへい」とヨシダは答え、玄関ドアを閉じに向かった。

執行官は鍵屋の後ろから、「おい、今度はさっきみたいに時間をかけるなよ」

と厳しい言葉をかけた。

鍵屋は二度三度ばかり、工具を鍵穴にぶち込むと今度は微塵の苦もなく、

ドアを閉めることに成功させたのであった。

先程までの苦労と時間の浪費は一体なんだったのだろう。

この場にいた、誰もが思ったことだろう。

今日、まったく役に立っていない、寝てばかりいる立会人を除いて。



それにしても――。

この後始末はどうなるのか。

成り行きを見守るしかないワタシのそばに、執行官はぐいと近付いた。

執行官からは、酒の臭いがするばかりであった……。



……続く。

 

2007.03.26 月曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百三話 「強制執行の催告その29」



――酒の臭いと共に執行官が近付いてきた。

一度、胃の中に収まったアルコールと云うものは、

何故、ここまで不愉快な臭いに変質するのだろうか。

これもまた、人体の不思議と云うヤツか。



アオタ執行官
「今日は、ちょっと散々だったな」



ワタシは執行官に問うた。

この事態の収拾は一体、どのように決着が付けられるのか、と。



ワタシ
「先生、お伺いしたいのですか」


アオタ執行官
「何?」


ワタシ
「この場合、どうなるんですかね?

今日はこのまま終わりってことですけど、

こちら側としましても、それで終わり、

と云う訳にはいかないですよね?」


アオタ執行官
「まあ、そりゃそうだわな」



執行官は大袈裟に首を縦に振った。

頭が振られる度に、心なしか執行官の顔が上気していくように見えた。

シェイクされ、酒酔いが活性されているせいなのだろうか。



アオタ執行官
「まあ、こう云ったケースってのは、

あんまないのだけど。

要するに駄目なんだよね。

これじゃあ強制執行が出来ないんだよね」


ワタシ
「何が駄目なのですか?」


アオタ執行官
「えーとね、状況として一番マズイのは日にちなんだよね」


ワタシ
「日にち、ですか?」


アオタ執行官
「そう、日にち。

債務者が死んだ日」



ハヤシバラは、死亡していた。

その死亡日は、引渡命令が出されるその前日であった。



アオタ執行官
「ほら、こっちは、裁判所出した判決とか、

そう云ったもので動けるって訳なんだよな。

今回は――引渡命令か。

それでこっちもその命令文があったから、

こうやってここに出向いてきたんだけど。

ただ、この引渡命令が出された時には、

その相手方である債務者が、

もうこの世にはいないって状況な訳だよな、今。

要するにこの事件の場合、

債権者が申し立てた相手方がいないってこと。

相手がいなければこっちも手の出しようがない。

だから、今日はもうこれ以上出来ない。

駄目だってことなんだよな」



そして、執行官はワタシの方に更にぐいと顔を寄せると、

「オレが執行出来るのも、この世だけで、

あの世の人間は立ち退かせること出来ないからなあ」

と笑えないジョークを云うのだった。

あまりの顔の近づきっぷりにいきなり唇でも奪われるのかと思った。



ワタシ
「確かに相手方は亡くなってしまったんですけど――」



ワタシは執行官から放たれる甘ったるい日本酒と、

加齢臭の入り交じったような臭いから逃れるように、

ワタシは後ずさりをしながら、尋ねた。



ワタシ
「ただ部屋のなかにあるものは、

その亡くなったハヤシバラさんのものだと思うんですよね。

主が死んだからと云って、所有物まで無くなってしまうってことは、

一緒に荼毘に付されない限り、あり得ない話ですし……」



執行官はどうしても顔を近づけたいのか。

後ずさりするワタシを追うように、彼もまた前に一歩進めた答えた。



アオタ執行官
「だけど、なかにいるのは、債務者の奥さんもいるわけだよな?」


ワタシ
「そうですね」


アオタ執行官
そうだったら、こうしなくちゃ。

その奥さんを相手方にしなくちゃな」


ワタシ
「でも、相手方は債務者の占有補助者に当たりますよね?

それであるのならば、ハヤシバラ相手の引渡命令でも、

十分対応できるのではないでしょうか?」



ワタシの疑問提示に、アオタ執行官は、

「まあ、こんなケースだから、代理人がそう云う風に食い下がって、

執行を進めたい、その気持ちは分かるのだけれどもねえ」

と前置きし、云った。



アオタ執行官
「少なくとも引渡命令発令後に相手方が死亡したってことなら、

その場合、一応、奥さん相手に変更することも出来なくはないけど。

でも、今回の場合は、引渡命令発令前に死亡した訳だよな。

申し立てたときは生きていたのだけど、

発令される前にぽっくり逝ってしまった。

タイミングがいいんだか、悪いんだか……」



執行官は、続けた。



アオタ執行官
「まあ、そう云う訳でさ。

再度、債務者を奥さんにして、引渡命令から取り直してよ。

また一からやり直しってことだよな、うん」



こうして、ハヤシバラに対する強制執行は、

一旦、幕を下ろすのであった……。



……続く。

 

2007.04.02 月曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百四話 「事実は小説よりも奇なり」



――その家の前はいつもどおりの静寂を取り戻した。

今、ここにいるのは、ワタシひとりだけだ。

執行官も補助者も鍵屋も立会人も、皆、帰ってしまった。



ワタシに執行中止を告げた執行官は、

「まあ、世の中生きていれば、こんなこともあるんだよな」

と酒臭い息は相変わらずなのに、妙に悟りきった顔で云った。

そして執行官はちょっと得意げに、

「小説は事実よりも奇なり、ってヤツだな」

と全く間逆の発言も付け足した。

ワタシはと云えば、執行官に対し、

「おいおい、それは逆だろ、逆!」

とツッコミを入れる気力さえなかった。

曖昧に力なく笑うだけである。



ワタシは、疲れていた。

今日一日のことは、まだ一日が終わっていないのにもかかわらず、

すでに立っていることすら嫌になるくらい疲労感を感じていた。

精力をすべて吸い取られてしまったような感覚に陥っていた。


結果はどう表れようが、その過程で使うだろうエネルギーの消費量は等しい。

同じ動きをしている限り、肉体的な疲労は代わらないものだ。

状況によっては適度なスポーツの後のように、

心地よいものとして捉えることが出来るだろう疲労感――。

でも、今はどうだ。

ワタシは幾らもがいても、もがいても、捕らえどころが全くない、

ヌメヌメとした泥沼に全身がはまってしまっているように、

疲労の感が気持ち悪く体にまとわりついていた。

仮に物事が自分の思いどおりに動かなかったとしても、

自分自身の感覚として、やるべきことはやり、

その中でベストを尽くしたと思えたのならば、

次のステップへと新たな気持ちで足を踏み出すことが出来ただろう。

しかし、今日の執行中止は、「占有者の死」と云う、

神様のいたずらと呼ぶにはあまりにも重い、

人智の及ぶところにない、不確定要素によって阻まれてしまったのだ。

これが徒労に終わると云わなくて、何が徒労だと云うのだ。



ハヤシバラは、死んでしまった。

自分とは立場として、利害関係が合わない立場にいた彼であったが、

それでも人の死には、特別な思いを感じずにはいられない。

彼がこの世に対して、どのような痕跡を残してきたのかについて、

ワタシは知らない。

だが、ひとつ云えることは――。

彼の晩年のもっとも最後の部分に、

どう云った形であれ、ワタシが関わったのは間違いないことだ。



去り際に執行官が云った言葉が胸に残る。

「ま、あれだな。人間誰でも死んだら仏さんってヤツだな――」

ありがちな言葉である。

ただもっともらしい説得力を持った言葉でもあった。

「もっともここにもうひとり、仏さんになりかけた輩もいるけどな」

と今日と云う日を飲んだくれて、ついでにひっくり返るだけで、

費やすのであろう立会人を指さして云ったのは、蛇足であったが……。

結局、執行官と鍵屋は自分の車で帰り、

立会人は補助者の車の後部座席に収容された。

ワタシは、会社に報告の電話を一本入れたが、帰社しなかった。

ハヤシバラ宅――いや、彼の元の家の前で、 ひとり佇んでいた。



ワタシはいつの日だったか、この家を雨の日に訪ねたことがある。

ハヤシバラと会う約束を土壇場でキャンセルされた日。

あの日の雨は、暗くジトジトしたものであった。

今は屋根も壁も、この家は夕暮れの暖色に彩られていると云うのに、

あの雨の日の時よりも、心なしか薄暗く感じた……。



……続く。

 

2007.04.04 水曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百五話 「立ち退き百景」



――夕暮れの街の、屋根屋根に溶け込んでいく赤い陽を見ていくうちに、

ワタシの胸の中では、様々な情景が浮かんでは消えていった。

暗く、もやがかっている記憶の縁から、鮮明に呼び起こされたものは、

この仕事をやっていて、これまで出会い、

そして立ち退いてもらった人たちのことだった。



ある人は、こちらが交渉することもなく、何らの迷いも見せず――。

次行く場所も決まっていないのに、「何とかなるさ」と鍵を渡してくれた。

ある人は、五年に届くほどの長きに渡って管理費の滞納を積み重ねていた。

住宅ローンと管理費は払わないものの、

彼の借りている――駐車場代もついでとばかりに滞納している――

駐車場にはベンツSクラスの新車を駐めていた。

盛んに「金がない、金がない」と繰り返し、

挙げ句の果てには、恐喝まがいの言葉を吐き、

ヤクザの如き所行を見せつけ、

なかなか退去に応じようとはしなかった。

ある人は、自分に非はあることを認めた上で、

申し訳なさそうな表情で、床に額を擦りつけるようにして、

若干の立ち退きに至るまでの猶予期間を乞うていた。

ある人は、「自分に一切の非はない、

悪いのは、他人の家を勝手に落札したオマエだ」

と主張し、頑として話し合いのテーブルにすら就こうとしなかった。

ある人は、会社からリストラされた上に妻に逃げられ、

まだ小学生にも上がっていない子供三人をひとりで抱えていた。

結局、夢破れた彼は、子供を連れ東京を去っていった。

ある人は、住宅ローンも払えない状態だと云うのに、

「自分はこれからこれで億万長者になるのだ」

と目を爛々とさせながら、見果てぬ夢を語り――。

よりにもよって男のワタシに化粧品だか何だかの、

ネットワークビジネスに参加するよう執拗に勧誘してきた……。



ワタシはこれまで様々なシチュエーションのなか、

不動産占有をしていた人たちを退去させてきた。

占有者は老若男女――主たる占有者だけではなく、

占有補助者も含めれば、それこそ、

下はまだ自分の力で歩くことも出来ない赤ん坊から、

これまた自分の意思で歩くことが出来ない介護ベッドの老人に至るまで、

ワタシは退去のお願いをし、実現させてきた。

そして、どういった形であれ、彼ら彼女らは、

占有していた家から退去していった。

今に至るまで、立ち退きが不成功に終わった、と云うことはない。

時には怒り、時には嘆き、時には悲しみ、時には喚きながらも、

彼ら彼女らは、占有を解除し、どこかへ立ち去って行ったのだった。



むろん、彼ら彼女らが立ち退きやその交渉をしにきたワタシに対して、

すべて納得した上で退去していったとは思わない。

多かれ少なかれ、不平不満を感じていただろう。

恐らく、この家の占有者――。

ハヤシバラも立ち退きに対する不満を持ちながら、

死の淵へと旅だったのだと思う。

だが、彼ら彼女らが不満を持っているのと同じく、

立場の異なる買受人の側、交渉人としてのワタシの側からも、

彼ら彼女らに対する不満と云うものは数え切れない程あるのだ。



ワタシは思う。

立ち退く側も立ち退かせる側も、

互いに内蔵した不満の束を、すべて燃やし尽くすのは難しい。

両者とも満足に至らしめる、解決策を見つけるのは難しい。

いや、大方のケースにおいて困難だと云うよりも、

そんなことは端から無理である。

表面上では悟りきった顔をして、

無念の表情を微塵(みじん)たりとも見せなかったとしても、

内心では腸(はらわた)が煮えくりかえしている可能性もあるではないか。

ワタシは立ち退き交渉において、

両者が100パーセント満足出来る結果など、求めない。

そのような交渉などしないし、出来る訳がない。

だけれども、無理なことは無理だと云ってても、始まらない。

相手と話をしていき、相手の気持ちを引き出していく。

ちょっとしたところでもいい。

少なからずお互いの胸のうちで折れることが出来る点があるのならば、

折り合えるところを見つけていく。

お互いの不満が最も少なくなるような妥協点を捉えていく。

それがワタシの交渉のスタンスである。



だから、ワタシは――。

ワタシは、強制執行をしたいがためにこの申出を行ったのではない。

あくまでも解決の糸口を探るために、

ハヤシバラと話し合いを持つ機会を得るために、強制執行を行ったのだ。



ふと、通りの向こう側を見ると、夕陽を背にして――。

暮れゆく街に溶け込みながら、

ようやく、ワタシの待っていた人が、帰ってきた……。



……続く。


<WEB拍手のお返事>


4/3 15時
読むのが楽しみです。有難う。


いえいえ、どうしまして。そういって貰えるとこちらも嬉しいですね。

4/4 16時
すごい


すごいですか。現実はもっとすごかったりしますよ。

 

2007.04.17 月曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百六話 「彼女の言葉」



――彼女は、電柱の影にいたワタシの存在に気が付かなかった。

自宅の門扉を開こうとそれに手をかけたとき、

ワタシは彼女に対して、控え目に声をかけた。

近所の手前、あまり大きな声で呼び止めるのも、

考えものであろうと思ったからだ。

油が十分に差されていない鉄製の門扉は、

ギイイイと鈍く甲高い悲鳴を上げており、

ワタシの呼びかけはかき消されてしまった。

だからなのだろう。

彼女はまだワタシに声をかけられたことすら、分からなかったようだった。

ワタシは再度、彼女を呼び止めた。



ワタシ
「ハヤシバラさん――」



ワタシの声にようやく気付いた彼女は、ゆっくりとこちらを振り向く。

彼女と真向かいになった。

彼女は――ハヤシバラの妻である。

先だって家にいた時分は、化粧気がまったくなかったのだったが、

そのときとは打って変わり、顔中が白くファンデーションが塗りたくられ、

頬だけが異常に赤く目立っていた。

彼女の顔は化粧の色がとても濃かった。

だが、化粧に覆われたその下の表情は、目は落ちくぼみ、

大分疲れているように見受けられた。

一瞬の沈黙の後、彼女は反応した。

「ああ……」



ワタシ
「ハヤシバラさんの奥さん、ですよね?」



彼女はまたもや「ああ……」と云ったきり、ただ沈黙のままであった。

強制執行の催告が中止になり関係者が帰った後、

ワタシがひとり待ち続けていたのは、彼女であった。

強制執行と云う法的措置ではなく、

任意での話し合いが続けられないかと云う一心の思いからである。

ワタシは何から話そうか、先程からずっと考えていたのであるが、

どうせ家の中に入ってしまえばすぐ分かることではあるが、

ここは敢えて、こちらから催告に来たことを述べず、

単純に話し合いに来たと云うスタンスで臨もうと決めていた。

いきなり本題に入るよりも、外堀を埋めていくように話していく。



ワタシ
「ワタシのことを覚えていますか?」



彼女の精気の失せた瞳は、ワタシを捉えてはいたが、

果たして実際にワタシと云う人間を認識しているのだろうか。

そう不安になるほど、こちらに顔を向けてはいても、

それ以上の反応を見せることはなかった。



ワタシ
「ワタシは、この家の所有者の会社の者です。

社員です――」



彼女の瞳に一瞬暗いものが走る。

そして、彼女はうつむいてしまった。

下を向いた彼女は、何かを口にしていた。

しかし、それを聞き取ることが出来なかった。



ワタシ
「色々とご事情はあると思うのですが……」



彼女の言葉はどうやら同じことを繰り返しているようだ。

繰り返されていく度に徐々に大きくなっていく。



ワタシ
「いずれにせよ、事態の解決を図らなくてはなら――」



ワタシの言葉は途中で止まってしまった。

彼女が繰り返す――彼女の言葉が聞こえたのだ。

下を向いていた彼女が突如、ワタシをしっかりと見据え、

はっきりと断言した。



「ヒ・ト・ゴ・ロ・シ」



と……。



……続く。


<WEB拍手のお返事>

4/9 15時
色んな人がいるんですね、他人事なので楽しんでいますが、大変ですよね。


やはり人間のやっていることですから。

それはそれは色々なことがありますね。

 

2007.04.24 火曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百七話 「新たなる重大な疑念」



――ヒ・ト・ゴ・ロ・シ。



その言葉は、いわれのない言葉である。

ワタシは、人殺しなのか?

それは断じて、ない。

ある訳がない。

ワタシはハヤシバラに家から立ち退くよう交渉した。

それは事実だ。

でも、だからと云ってそれが、彼の病状を悪化させた、

絶対にして唯一の理由にはならないだろう。

ワタシが直接的に彼を死に至らしめた訳ではない。

そのような確固たる思いはあるものの、

彼女の槍先のような鋭い言葉は、 ワタシの心を的確に貫いた。

心が折れる――その感覚は、

まさにこの時のような状況で使われるのではないか。

ワタシは、そう思った。



彼女はその言葉を呪詛のように呟き、

ワタシを射抜くような目で見据えている。

赤く充血していたその目は、怒りに燃えているのだろうか。

てかてかとした鈍く恨みがましい光を放っていた。

そこにあるのは、ただひたすらに憎悪の念だった。

その念は、ワタシに動揺を及ぼした。



ワタシ
「この度は、非常に残念なことでした――」



困惑しながらも、ワタシは云った。

途中で言葉を遮られたワタシであったが、

彼女にその続きを伝えるのではなく、

ハヤシバラに対するお悔やみの言葉を述べたのだった。

故人を悼む言葉をハヤシバラの奥さんにかけることは、

当初から考えていたし、やるべきだと思っていた。

利害関係が対立する相手方であっても、彼は亡くなっているのだ。

経緯はともかくとして、配偶者が亡くなった彼女に対して、

お悔やみの言葉をかけることは、最低限の礼儀だろう。

しかし、物事には段階がある。

流石に彼女と会っていきなり、お悔やみの言葉を述べるのは、

あまりにも唐突だし、手順としてはおかしなことだ。

だから、ワタシは順を追って、話そうと思っていた。

今日、強制執行の催告を行ったこと。

催告では、不在だったために、鍵を開けて室内に立ち入ったこと。

そして、室内ではハヤシバラの遺影を見つけたこと――。

これらの段階を経た上で、最終的にお悔やみの言葉を述べる。

ワタシが踏もうと思っていた順序であるが、

彼女の恨み言で、一気に崩れた。

結局、彼女はワタシの言葉など一言も聞き入れようとはせず、

ぶつぶつとひとりごちながら、家の中へと消えていった。



ワタシは、その場で呆然と立ち尽くしていた。

家の中からは、ガシャンと皿が割れるような音がした。

微妙に物が動かされているとか、配置が変わっているとか。

特に占有状況を調べるため、

補助者が郵便物やライフラインの請求書を探していたのだ。

恐らく彼女は、今日、立ち入りが行われたことに気付いたのだろう。

その怒りが物にぶつけられた。

今の彼女は、冷静な状況にないことは、誰の目にも明らかだ。

今日は、もう彼女とコンタクトを取るのは、控えた方がいい。



ワタシは重い気分のまま、帰社の途に就いた。

が――。

その途中でワタシは、新たなる重大な疑念に思い当たり、

ますます憂鬱な気分に陥るのだった。



果たして――。

果たして、だ。

彼は一体、どこで死んだのだろうか。



……続く。

 

2007.05.01 火曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百八話 「事故物件」


――占有者の死。



明くる日の朝、ワタシは占有者宅のある市の市役所に行き、

その事実関係を調べてみた。

結果はすぐ分かった。

ハヤシバラが死亡している――それは紛れもない事実であった。

もうすでに覚悟していたことであるが、事実が事実であると確定されると、

やはり多少なりとも衝撃を受けた。

そして、ワタシが感じた疑念が吹き上がってくる。



――ハヤシバラは、一体、どこで亡くなったのだろうか?



人間、いつかは死ぬ。

誰しも、死の束縛からは逃げることが出来ない。

どこかで誰かが生を享受している、その傍らでは、

どこかで誰かが死の瞬間を迎えている。

死についての恐怖感は、ある。

だけれども、それはもう結果なのであって、

いつまでも死の呪縛に捕らわれていてはならない。

それは分かっている。

ワタシは無理矢理にでも理解するしかないと思っている。

割り切らなければならないことだ。

しかし――。

ワタシには新たなる疑念が生じている。

ここで問題となるのはハヤシバラが死んだ事実そのものではなく、

彼がその死をどこで、どのように迎えたのか、と云うことだ。



彼の死のシチュエーション。

どこでどのようにして死んだのか。



これは、死と云う概念を扱った哲学的な問題ではない。

不動産の価値を左右するべき、現実的であり、切実な問題である。

彼がその死を受け入れたのは、病院のベッドの上だ、

と云うことであれば、その点に関しては問題ない。

だが、彼が自宅で、しかも死因は縊死であったらどうだ。

将来を悲観しての自殺。

もし敷地内で起きたら、それはどこからどうみても、紛うことなき――。

事故物件の出来上がりである。



事故物件とは――。

人の異常な死や災害に見舞われた不動産のことだ。

たとえば、殺人が起きたマンションの一室。

火事で焼死者の出た一棟ビル。

そして、鴨居に縄をかけて首を吊った自殺者のいる木造家屋……。

これからが事故物件の代表格とも云えるシチュエーションだ。

これらのケースに対して、仮に家のなかで起きた死であっても、

老衰で大往生した場合は事故物件とは云わない。

大病を患い、自宅看護で苦しんだ上での病死であったとしても、

それはぎりぎり事故物件とは判断されないだろう。

でも不注意で階段を踏み外し、家人が転落死した場合、

それは事故物件と云える。

だが建築中のマンションで建築作業員が誤って高所から落ち、

墜落死した場合においては、事故物件とは云えない。

室内で起きた出来事ではないからだ。

1年前に焼死者が出た土地は事故物件であるが、

100年前に戦死者が出た土地は事故物件ではない。



かくの如く、事故物件には死がかかわっていると云っても、

死者が出ている物件が事故物件であるとは限らない。

必ずしも死の存在がイコールの関係にはならないのだ。

もっとも、事故物件の定義はどうであれ――。

ハヤシバラが敷地内で自ら命を絶っていたら、

それは事故物件に他ならぬことには間違いない。



事故物件は精神的生理的に嫌な感じがする、

と云うことだけが弊害なのではない。

事故物件を売ろうとする時、不動産実務上、

その事実があったことを隠し通すことが出来ないのだ。

売主には告知義務がある。

売買契約を締結する前に、買主に対して、

その事実を明らかにしなければならない。

人間誰しもが、そういった「いわくつき」の物件を好むものではない。

不動産のある立地や売買条件が気に入ったとしても、

たったひとつのいわくで購入断念に至るケースなど、山ほどある。

その手の不動産を売るためには、

マイナス部分を補うほどのプラス部分が必要となる。

世の中に売れない不動産はない、と云っても、

それは価格次第である面は否めない。

当初からその事実を見込んで入札価格を設定していれば、

また違うのだろうが、今回、それを想定内にはしてない。

事故物件では、不動産的価値の大幅な下落が見込まれ――。

ワタシはそれを恐れているのであった。



ハヤシバラの死は、一体どうなのだろうか――?

彼の死は、自分の意思で為されたものなのだろうか――?



事実を確かめなければならない。

市役所のエントランスにあったベンチに座り込んでいたワタシは、

足に力を入れ、立ち上がった……。



……続く。


<WEB拍手のお返事>

4/26 11時
「人殺し」最初はショックだけど、そのうち慣れるよねw


慣れていると云えば慣れています。
色々なシチュエーションに出会っていますからね。

4/26 19時
次々と色々な事が起きますね。毎回楽しみにしています。


色々なことが起きています。
それは今も実務として経験していますので、
どんどん蓄積されています。
今起きていることも、そのうち、お話する機会があるかもですね。

 

2007.05.10 木曜日

対決! 追い出し屋G 対 抗告屋 編

第百九話 「隣のカーラーさん」